【アニメ考察】猫猫解雇の苦悩と焦りを見る—『薬屋のひとりごと』12話【2023秋アニメ】

©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

 

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●原作
日向夏ヒーロー文庫/イマジカインフォス刊)/キャラクター原案:しのとうこ

●スタッフ
監督・シリーズ構成:長沼範裕/副監督:筆坂明規/キャラクターデザイン:中谷友紀子/色彩設計:相田美里/美術監督:髙尾克己/CGIディレクター:永井有/撮影監督:石黒瑠美/編集:今井大介/音響監督:はたしょう二/音楽:神前暁・Kevin Penkin・桶狭間ありさ

制作会社:TOHO animation STUDIO×OLM

●キャラクター&キャスト
猫猫(マオマオ):悠木碧/壬氏(ジンシ):大塚剛央/高順(ガオシュン):小西克幸玉葉妃(ギョクヨウヒ):種﨑敦美/梨花妃(リファヒ):石川由依/里樹妃(リーシュヒ):木野日菜/阿多妃(アードゥオヒ):甲斐田裕子/梅梅(メイメイ):潘めぐみ/白鈴(パイリン):小清水亜美/女華(ジョカ):七海ひろき/やり手婆:斉藤貴美子/羅門(ルオメン):家中宏李白(リハク):赤羽根健治/翠苓(スイレイ):名塚佳織/小蘭(シャオラン):久野美咲/やぶ医者:かぬか光明/羅漢(ラカン):桐本拓哉/ナレーション:島本須美

公式サイト:アニメ「薬屋のひとりごと」公式サイト (kusuriyanohitorigoto.jp)
公式X(Twitter):『薬屋のひとりごと』アニメ公式 (@kusuriya_PR) / X (twitter.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 前話で、園遊会玉葉妃(ギョクヨウヒ)暗殺未遂事件の真相が、猫猫(マオマオ)によって明かされた。首謀者は、阿多妃(アードゥオヒ)に仕える侍女頭、風明(フォンミン)だった。十二話冒頭では、風明並びに、彼女の親族、そして彼女に関係する者への処罰・処遇について、壬氏(ジンシ)と高順(ガオシュン)が話題にしている。彼女の家系が営む商いに関係する、後宮勤めの女官たちは、解雇の対象となる。猫猫も後宮からの解雇対象に該当していた。解雇を巡って、彼女と壬氏の間で巻き起こるすれ違いや再会の模様、その時々に窺える二人の心情が、十二話の見どころである。

 

猫猫の解雇

 解雇に対する、壬氏と猫猫の反応は、大きく異なる。その違いに呼応して、対照的に描かれている。一方の壬氏は、後宮を治める立場、壬氏・猫猫の身分の違い、そして完全には認め切ってはいない猫猫への想い、など複いくつもの要素が絡まる複雑な心境の中で、静かに思い悩む。他方で、猫猫は、自分の解雇の可能性を知って、推理時のように沈思するのでなく、慌てふためく。

 静的・動的な画面を作り出して、二人が悩む・焦る様子が映される。

 

解雇に悩む壬氏様

 壬氏が、猫猫への処遇を迷っているとき、壬氏の動き、彼と高順を捉えるカメラワークは抑制されている。壬氏の動きに限れば、木簡を手に取る/置く、手を額に添える/目元へずらす、背中を丸める、目を閉じる、高順へ顔を向ける、やや俯く、など小さな動作を積み重ねられる。カメラワークも、現在に部屋に座る壬氏のみに限れば、壬氏の俯瞰から名簿へのパンとシーン終わりの俯瞰ショットの回転のみである。

 静的な画面をバックに、彼のひとりごとは続く。事件の顛末となる事実を語り、猫猫の反応の推理を繰り広げる。ただ、そこで彼の感情が明示的に語られない。語られない感情を読み取るために、視聴者も壬氏同様に、彼が抱える感情、彼が気付いていない欲望、そして彼が今後どういう選択を取るのか、思考を巡らせる。

 悩める壬氏に視線を集中させ、彼の姿や語るひとりごとへ思考を集中させる。そうした中で、突如、高順の口元のクローズアップから壬氏の名が呼びかけられ、壬氏と視聴者は同時に覚醒する。高順の口から壬氏の感情や選択を測る試金石が与えられる。「都合のよい駒ではなかったのですか?」

 

解雇に焦る薬屋

 場面は変わり、猫猫視点へ移る。彼女は、女官仲間の小蘭(シャオラン)から大量解雇の話を聞く。そこから自分の処遇、花街の緑青館へ帰った後の末路を想像して、走りだす。

 その場から動かない壬氏に対して、猫猫は壬氏へ直談判するため、後宮内を駆け探し回る。右に左に見回し、壬氏を求めて手前から奥、奥から手前へ駆ける。それに合わせて、カメラワークが彼女の動きを追っていく。彼女の動きに合わせ、彼女の姿を克明に捉えるため、カメラは前後左右に縦横無尽に動きまわる。彼女の動きを捉えることで、彼女の動きに勢いを付け加える。それだけでなく、逆に、彼女の動きに追随できず、彼女がフレーム外に飛び出ているショットも、彼女の動きの激しさを表現することに貢献する。彼女の走る様子、それを追うカメラワーク、猫猫の息遣いが合わさり、彼女の「焦り」が組み上げられる。

 猫猫が解雇の対象という事実に対して、壬氏・猫猫が見せる反応の違いを見てきた。その違いは、沈思する壬氏と焦る猫猫に則して、二人の動作・カメラワークを通して画面、すなわち壬氏は落ち着いた画面で、猫猫は解放された画面で表現されていた。そのことにより、二人の関係性における壬氏が抱える感情に寄り添うよう視聴者を促すとともに、猫猫が焦りを口にするのを視聴者に聞かせながら、視聴者へ彼女の焦りを文字通り見せてくれる。

さらに、二人の関係において重要な、「身分の違い」も、身分・責任ゆえに思い通り行動できない=動けない壬氏は静的な画面で、平民ゆえに選択・行動が比較的容易な猫猫は動的な画面で、表現されるのもおもしろい。この身分の違いも、二人の関係性が進んでいく中で、大きな障害となるため、二人がどう乗り越えるかとともに、どう表現されていくのかは気になるところである。

 

 

 猫猫は後宮を解雇され、緑青館で働き始める。緑青館トップ三である三姫の連れ添いとして、ある宴の席に出向く。そこに、壬氏が居合わせ、猫猫が本当は後宮に残りたかった旨を伝え、お互いの誤解は解ける。

 二人の誤解は解けて、最後には壬氏・高順が、緑青館から猫猫を買う。これはこれで、二人にとってよい結果になったのかもしれない。ただ気になるのは、猫猫が雪夜に呟いた「どうなるんだろ、これから」が持つ含蓄である。端的には、今の状況がどうなるのだろうか、という意味に過ぎないだろうが、「どうする」ではなく、「どうなる」に気を揉んでいる。つまり、地位も身分もない彼女には、自力で何とかして状況が変えられるわけではないからだ。身分が高い者、あるいは富を持つ者など何らかの力を持っている者が状況を変えていく。どの社会の当たり前の事実が、この言葉に現れているように思える。思えば、猫猫のことで悩んでいた壬氏は、猫猫を後宮へ留まらせるか、そう命じるかという「どうする」で悩んでいた。二人の悩みの感情の行方へと、視聴者を視線誘導するのに、目のクローズアップを用いられる。このことは二人の描写の共通点となる。

薬屋のひとりごと』12話より
©日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

 しかし、二人は異なる次元で悩む。どうするのか、どうなるのか。この違いは、二人の身分の違いを反映している。やはり、二人の関係性を追うとき、キーとなるのは、この使い古されながらも、今なおドラマを生み出し続ける「身分の違い」である。そして、「身分の違い」による二人の隔たりは、高順に問われたように、壬氏が猫猫を「都合のよい駒」と見るかどうかにかかっている。