【アニメ考察】現在へ続く離別―『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話【2023夏アニメ】

©芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

 

  youtu.be●原作
芥見下々『呪術廻戦』(集英社週刊少年ジャンプ」連載)

●スタッフ
監督:御所園翔太/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/キャラクターデザイン:平松禎史・小磯沙矢香/副監督:愛敬亮太/美術監督:東潤一/色彩設計:松島英子/CGIプロデューサー:淡輪雄介/3DCGディレクター:石川大輔(モンスターズエッグ)/撮影監督:伊藤哲平/編集:柳圭介/音楽:照井順政/音響監督:えびなやすのり/音響制作:dugout

制作会社:MAPPA

・29話スタッフ
絵コンテ:御所園翔太/演出:なかがわあつし/作画監督:新沼拓也・山﨑爽太/総作画監督:山﨑爽太

●キャラクター&キャスト
五条悟:中村悠一/夏油傑:櫻井孝宏/家入硝子:遠藤綾/天内理子:永瀬アンナ/伏黒甚爾:子安武人

公式サイト:TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト (jujutsukaisen.jp)
公式Twitter『呪術廻戦』アニメ公式 (@animejujutsu) / Twitter

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 大きな反響を呼んだ、『呪術廻戦 懐玉・玉折』が最終話を迎えた。前話で、五条・夏油に大きな変化の痕跡を残したが、本話でその痕跡が、目に見えるようになり、ついには開花する。彼らの過去編は終わりを告げ、今なお進行形の現在へと続く原型が見える。

 本ブログでは、『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話を見ていく。本ブログの章立てにあるように、各シーンをそれぞれの動詞の観点で、そのシーンの意味・あるいは意味を顕現させる演出を確認していきたい。

 

26話~28話については、以下ご参照ください。

nichcha-0925.hatenablog.com

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見失う_平板化と孤独

 前話の終わりで、夏油は盤星教の信者に囲まれ、足元に黒い穴が広がる。夏油の変化にもかかわらず、29話は一年後の変わらない呪術高専から始まる。ペン・鉛筆を投げつける硝子と夏油、それを術式で受け止める五条、一見して変わってしまった姿、変わった関係性がそこにはある。

 五条・夏油の最強タッグの姿は、対蹠的ともいえる。一方は、覚醒し最強となったがどこか醒めた五条、他方で生気を失いどこか心ここにあらずな夏油である。29話「玉折」の主役夏油の心持が、画面に表れている。夏油は、理子の一件を受けて、自分の価値観に迷いが生じる。その彼の迷いを生んだ世界への疑いを見出す。彼の主観ショット(下画像右)は、そのことを如実に表すかのように、彼の視線から遠近法が消えた、平板なショットとして現れる。このショットは、既出のショットで、硝子が丸みを帯び、立体的に描かれていたショットに対比的である(画像左)。彼の価値の遠近法、すなわち価値序列の乱れは、彼が見る世界の平板化として視覚化される。さらに、彼が世界を平板に見ていることこそ、まさに彼の世界への疑義を提示する。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 

 世界を平板に見る彼を、さらに追い込むのは孤独である。夏油のモノローグにあるように、任務に出るのは、個別になり、タッグはタッグではなくなる。各種巧みな構図設計で、彼らを分断して、画面に登場させられる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

彼らの分断は、視覚的な事実となり、さらに当時の現在進行形で分断だけではなく、これからの行く末について対比的に描かれる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 徐々に、夏油は迷い、自らの信念を揺らがせ、自らも世界にも疑いを深める。彼の中にできた深まった穴へと、後押しされる。

 

後押しする

拍手のイメージ

 彼には、モンタージュで挿入される、あの白さ、あの拍手が、幾度となく脳裏によぎる。視聴者は、モンタージュの効果をそのまま受け入れて、夏油がその悪夢に侵されると予感することしかできない。その不吉な予感は、後押しを受ける。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

隣に座る_灰原雄

 迷い、揺らぎ、疑う、彼の隣に、座る者がいる。その者は、彼を変える可能性が横たわる。一人目は、夏油に「自分にできることを精一杯することは気持ちいい」と教えた灰原である。このセリフ、そして灰原の存在は、後に夏油が五条に、このセリフを、自分に言い聞かせるように語るため重要である。

 だが、彼は死ぬ。夏油が抱いた疑問の一つ、「術師というマラソンゲームの果て」に、一つの有力な可能性を、灰原の死が与える。それは、仲間の死であり、とりわけ強者の術師以外の死である。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

隣に座る_九十九由基

 救いのない「果て」を教えた灰原が死ぬ前に、夏油の隣に座る者がいた。それは、特級術師の九十九由基である。メフィストフェレス的な彼女の「講義」により、彼は少革新的ではないが影響を受ける。彼女の存在は、もちろん彼女が話す「呪霊のいない世界」という理想、そして理想を達するための突飛なアイデアなどから、人物像が浮き出てくる。だが、それだけではなく、映像らしく、彼女は映像の点でも浮き上がってくるし、その姿に夏油も視聴者も彼女から目を離せない。

 窓を背景に、彼女と夏油が映るショットでは、いくつか撮り分けられる。正面から二人を捉え(画像左)、また広角レンズにより、背景の窓が湾曲する(画像中央)。湾曲した窓の前で、彼女は夏油に語りかける。その際、彼女の姿勢は、体を起こし、やや前のめりの格好をとる。このとき、湾曲した窓と彼女の姿勢により、彼女と窓の間の空間が生み出され、彼女の姿が浮き上がって見える。さらに、画像右では、カメラがアオリで、背景が奥へ倒れこみ、かつ九十九が前傾姿勢になっているため、彼女の存在がより浮き出て、強調されて見える。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 彼女は、彼女が行う「原因療法」の方策を講義する。灰原の死が、彼が「本心」を決定したきっかけだったとしたら、彼女の講義は彼に一つの可能性たるその「本心」に意味を与える。

 語る彼女について回るのは、方策を提示する彼女の手振りである。講義を垂れるときには、彼女の手は何かを示したり、何かを表したりしないが、彼女のしゃべりにしきりな手振りが伴う。呪力の巡りを説明する際に、呪力をまとう彼女の手は固く結ばれた様子が描かれる。夏油に、選択されていない可能性を示すために、彼女の手は、異なる方向を指し示して用いられる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 手は、本話であれば、冒頭にペン回しをする五条の手、村で少女たちに語り掛けるため呪霊を出す夏油の手など、印象的に描かれる。また、27話では、手を画面前面で構える姿に、夏油・五条に共通点が作られる。余談だが、27話五条の戦闘シーンを通して、手に着目してみるのもおもしろい。理子を支える左手、めがねを浮かせ動かす右手、反転術式「赤」を放とうとする右手など、リアルな手の形、手の動きが楽しめる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

『呪術廻戦 懐玉・玉折』27話より

 難度の高い手をリアルに描きながら、無意識の動作や呪力・術式に関連して、手をアニメーションで動かす。手によって、無下限術式を操る五条さながら、MAPPAのアニメーションは、その場に呪力を感じさせ、術式発動を感知させ、講義に説得力を持たせる。

 そうして、意味づけられた一つの可能性を夏油は選び取り、一つの可能性を「本心」に変える。

 

堕ちる

 堕ちるのは直後のシーンで、夏油がある村で単独任務に出た際である。ここで彼は選び取る。彼の選びが至極クリアに描かれる。牢屋に閉じ込められた少女二人、彼女たちが諸悪の根源だと決めつける村人、彼らに挟まれて夏油は立つ。

 そこで決断する彼の選びは、青白いろうそくと夏油の影で表現される。二地点に配置されたろうそくは、牢屋に向かう夏油の影を二方向に投影する。また、その二つの影が、夏油のモノローグの助けもあって、二つの可能性だと認識すると、彼の選択と同時に一方の影が消える。このとき、巧みなのが二地点に配置されたろうそくの長さが異なることだ。夏油の選択を表現するだけのギミックにならず、あくまでもろうそくが消えた結果として影の消失を見せることができる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 そうして、選んだ夏油は、かつて彼らの青春を彩った青から離れて、青の炎をもって村を、非術師を焼き尽くす。青の時代の彼は、非術師を守る理想主義に燃えていたが、選択した彼は、その燃焼が反転し、今度は青き炎が非術師を焼き尽くすことになる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

運試しする

軽くない軽い登場

 五条と教師(夜蛾正道)の会話シーンを挟んで、新宿へとシーンが続く。そこで新宿の街に佇む硝子が映る。そこに突如、画面内に手が入り込み、握られたライターで硝子の背中に被る形で、青白い炎を出す。先ほどの村の火を連想させ、視聴者は驚かされる。そして、拍子抜けするくらい、軽い調子で、手の持ち主の夏油が姿を現す*1

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

二人だけの世界

 硝子の連絡を受けて、五条が駆けつけて、五条と夏油の二人だけの世界が立ち現れる。この「二人だけの世界」性は、場面設定により生み出される。二人がやり取りをするのは、何の変哲もない歩道である。通行人は多数いて、横を車が通過していく。その中で、少し離れた距離で、二人は「非術師」を殺すだの、物騒な言い合いを続ける。ここでおもしろいのが、まずもってここで背景(作画処理として背景ではない)と化している通行人の色が塗り分けられ、彼らとは別次元の存在であることが強調される。そして、その通行人に埋もれながら二人は会話しているのだが、通行人たちは彼らを一貫して気に掛けることはないし、彼らの会話に関心を向ける様子もない。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 だが、彼らの会話に介入する存在がある。それは車である。車の通過は遮りと効果音を生み、彼らの会話に組み込まれることによって、気持ちの良いリズムが生じさせる。意識・志向の面では、彼ら二人だけの世界であるが、物理・肉体の面では、彼らの姿を遮る、車や通行人の身体が登場する。二人だけで通じ合う世界が確かにあるが、その外に彼ら以外の存在をも含む、より大きな世界が存在することを巧みに表現してくれる。この後者の世界を巡って、彼らの認識は相違し、異なった方向へと進んでいく。

 

 ここでのシーンで、上記の観点とは別に触れたい。それは、前述もした手である。このシーンで、去っていく夏油に向かって、五条は術式を展開しようとするが、できずに終わってしまう。このとき、彼の指の震えは、奇妙なほど心に刺さる。五条の術式は手に関係があり、基本的には何らかの手の動きを伴っていた。最強である現在も、最強以前の過去も、彼の手が震えに侵されていることはなかった。だが、ただ一回相棒に向けた五条の指は震え、いつでも自身に満ちていた彼は、ついには術式を放つことはできない。彼の一連の想いを、指の震えのアニメーション一つで、深く表現してしまう作画、そして手で表現する選択を取った演出には、ただただ脱帽である。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

成長する

 そうして、別れた彼らのその後が、続くシーンで描かれる。夏油は盤星教に乗り込み、盤星教自体を乗っ取る。五条は、伏黒甚爾の息子、伏黒恵に会いに行く。青の時代を離別で終え、未来の彼らへとつながる、彼らの歩き始めを見てみよう。

 

壇上に上がること_夏油傑

 「本心」を選んだ彼は、世界の中心に現れ出る。盤星教の集会に参加し、彼は画面の中心に映る。その際、画面は暗い影の部分から、光のある壇上へと徐々に映っていく。「画面の中心に映る」とは、フレーム内のどこに収まるかという意味もあるが、それよりも重要なのは、壇上の彼以外のショットが、ダルマに圧死させられる人物の苦悶の表情が一瞬挟まる以外、彼の演説中挟まらないことだ。信者たちの身体越しのショット、夏油を映すショットもなければ、夏油から信者への主観ショット、夏油の体越しのショットもないし、あるいは彼の協力者方向から彼を見るようなショットもない。そのため、画面は彼の演説を映すためだけに存在するようになる。

 加えて、夏油を中心に置く画面により、そこにいる信者たちが見る光景と視聴者の見ている画面が奇妙な相似関係を結ぶ。その点、文字表現で、「反対多数」と表現されることも重要である。その後の夏油の行動理由を知るために、反対多数の事実を知らせながら、信者たちの存在を最低限にしか感じさせない表現になっている。そうすることで、彼は画面内の盤星教教会を掌握するにとどまらず、それを見る視聴者の視点、すなわち世界を掌握しようとする傲慢な立ち居振る舞いへと変貌する。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

影になること_五条悟

 さて、夏油のシーンからは、五条が恵と出会うシーンが訪れる。このシーンの入りの数ショットは視覚的におもしろいし、かなり重要である。シーンのファーストショットは、進む歩に合わせて動く道を見る主観ショットである。この時点では、誰の主観なのかはわからない。そのショットから五条の声が聞こえると、同時に少年の影に後方から影がかかる。直後、視点は、五条の視点に変わり、幼き頃の伏黒恵が、先ほどのショットの視点主だったことがわかる。そうして、五条の主観ショットは、振り向く恵を捉えるが、また恵の主観ショットへ切り替えられ、変顔をする五条が画面に映る。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 このシーンで、印象的なのが、冒頭のシーンでもそうだが、五条が恵を覆う影として、画面内に登場してくることだ。彼の主観ショット、恵を映すショットでは、五条の影が恵に伸びる。また、恵から見る五条は、後方に夕日が輝くが、それにより常に逆光で顔や身体に影が落ちている。「影を映す」、「影が落ちる」という観点で、このシーンを見ると、夏油のシーンと対比的なのがよくわかる。一方の夏油は壇上で、彼自身が視線を集める中心に立ち、壇上に注がれるライトを一心に受ける。他方で、五条は、二つの意味で、常に影に関係し、影に徹する。そこには、二人の今後の生き方を暗示させる。

 物語の中で、恵を含む生徒たちを導く五条、暗躍し彼らの敵として立ちはだかるであろう夏油の立ち位置は、このフィクション世界を見ても大きく異なる。もちろん五条は最強のままであるが、物語に前面に出てこないし、この戦闘においても最強の名において前に出てくるわけではない。彼は教師になったと同時に、物語の主役でなくなる。つまり、生徒を影から見守り、最強として術師を支える存在に変わり、彼に匹敵する術師を待つ存在になる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

 今へと続く二人の姿が、二人を描く二つのシーンから見ることができる。どちらのシーンも両者の眼のクローズアップで終わる。離別した二人は、異なる方向を見据える。  

 こうして二人の青の時代からの成長は描かれる。

『呪術廻戦 懐玉・玉折』29話より

終わりに

 彼らの青の時代は、終わってしまった。こうして、最強の術師と最悪の呪詛師が誕生する。「最強の術師」の苦悩と教師への成長、それに「最悪の呪詛師」の迷いと切実な選択、を私たちは知った。

 そして時間軸は、今へと帰ってくる。8/31から新シリーズ「渋谷事変」編が始まる。誕生の歴史を知った私たちは、現在を新たな眼で見ることができる。新シリーズでは、新たな眼で見つめる私たちは、新たに刻まれる歴史の中で、何を見ることができるのだろうか。今からシリーズ始まりが待ち遠しい。

 

*1:こうしたフレーム外から何かが侵入してくる演出は、29話内で他にも使用される。例えば、九十九の登場シーン(5分40秒~)、九十九が日本指を傾けるシーン(7分30秒~)。