【アニメ考察】オーディションが引き出すそれぞれの奏で―『青のオーケストラ』12話【2023夏アニメ】

© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 

 youtu.be●原作
阿久井真『青のオーケストラ』(小学館マンガワン」連載中)

●スタッフ
監督:岸誠二/シリーズ構成:柿原優子/キャラクターデザイン:森田和明/音響監督:飯田里樹/音楽:小瀬村晶/洗足学園フィルハーモニー管弦楽団(指揮:吉田 行地)

アニメーション制作:日本アニメーション
制作・著作:NHKNHKエンタープライズ日本アニメーション

・12話スタッフ
脚本:柿原優子/絵コンテ:入江泰浩/演出:黒田晃一郎・毛応星/作画監督:後藤香織・関鵬・明光・慧敏

●キャラクター&キャスト
青野一:千葉翔也/佐伯直:土屋神葉/秋音律子:加隈亜衣/小桜ハル:佐藤未奈子/立花静:Lynn/山田一郎:古川慎/羽鳥葉:浅沼晋太郎/原田蒼:榎木淳弥/立石真理:小原好美/米沢千佳:前田佳織里/柴田修:福島潤/町井美月:安済知佳/高橋翼:青木瑠璃子/木村隆美:金元寿子/裾野姫子:金澤まい/滝本かよ:渕上舞/青野龍仁:置鮎龍太郎/青野の母親:斎藤千和/武田先生:金子隼人/鮎川広明:小野大輔

公式サイト:アニメ『青のオーケストラ』公式 (aooke-anime.com)
公式Twitterアニメ『青のオーケストラ』公式 (@aooke_anime) / Twitter 

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

概要

 定期演奏会のメイン曲となるドヴォルザーク交響曲第9番新世界より』の演奏メンバーを決めるオーディションが始まる。Aパートで、主人公の青野一が、オーディションを待つ様子、オーディションに挑む様子が描かれる。次いで、Bパートでは、すぐさまオーディションの結果が開示され、先輩からの賛辞・同輩からの祝福を受ける。そして、顧問の鮎川から期待をかけられる。主人公にとって、今までの努力が実った回となった。

 

 青野は、オーディションで、その実力の一端を見せるも、次期コンマス候補としてさらなる成長、正確には実力を取り戻すことを期待される。彼の実力を見せつけながら、彼にある伸び代を見出された「ソロ」演奏の中で、Aパートは展開していく。また、Bパートでは、演奏では自らを雄弁に語るが、実生活では正面から雄弁に語れない彼らの様子が描かれる。前者は青野と対照に描かれる先輩裾野姫子の描写・複数人とソロの描き分け・オーディション演奏の一音目、三点に着目して青野の演奏シーンを見ていく。後者では真正面から語られないために、登場人物たちの本音と建前をいかに描くのかを見ていく。

 もう一つ忘れてはいけないのは、12話に総じて、顧問の鮎川が関わってくることだ。演奏で雄弁だが、実生活では口下手な青野の対照的に、ここまで感情の発露が少なかった鮎川は、この話数で彼の内面が表に現れ出る。中学の恩師武田から鮎川へとバトンが繋がれる感慨深い話数でもある。このことには、終わりのところで簡単に触れたい。

 

緊張しいの足元

 青野の雄弁さは、他の部員と対照的に描かれることで、演奏前から引き立たせられる。そのわかりやすい例が、オーディションの順番待ちをしているときに、彼と二年の裾野が話すシーンだ。青野が比較的落ち着いた様子なのに対して、緊張しいの彼女は、矢継ぎ早に青野に話しかけたり、トイレに席を立ったり落ち着かない様子を取る。

 その中でも、彼女がトイレに立つ足取りが、敢えて往復分が画面に映される(行き04:08~04:10、帰り04:22~04:24)。そのわずか数秒ながらも、丁寧に向きを変え、歩行を開始する足取りには大きな魅力が宿る。とはいえ、合わせて十秒にも満たない、このシーンでもって、青野と裾野の対比を説明しきるのは、部分の説明で全体の説明を済ませる誤謬に陥る危険性がある。そのため、この「足取り」は、あくまでも、緊張しいの裾野を描写しつつ、青野の特異さをあぶりだす描写全体の一部に過ぎないことを明言して、この抗いがたい魅力を持つ「足取り」について言及してみよう。

 裾野が立ち上がった直後、足元にショットが切り替わる。右足を画面向かって左側に一度引き、右足に引かれるように、左足は右足の横に並ぶ。しかし、先ほど手に持っていたヴァイオリンを置くために、左足は進行方向に真っ直ぐ向くのではなく、その向く先はヴァイオリンが置かれ、先ほどまで座していた椅子である。そうして、向きを整えられた左足が地面に着くと同時に、右足が地面から離れ歩を進めることによって、緊張に由来する彼女の切迫具合が表現される。というのも、歩を進めるまでの時間的間隔が短いことから彼女の内の焦りが透けて見えることもそうだが、彼女の足取りから、彼女が歩を進める足とヴァイオリンを置く手を同時で動かして、トイレに向かっていることがわかるからだ。右足を画面向かって左に引き、左足を椅子に向けて着地すると同時に、右足を踏み出している、ということは左足を動かしている途中からヴァイオリンを椅子に置きにかかる態勢に入り、少なくとも左足が着地した時点と同時にヴァイオリンを置きながら、右足で進んでいることになるからだ。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 対して、彼女が帰ってくるときの足取りは、もう少しゆったりしたものなっている。おそらくヴァイオリンを持った状態から、足元が映るショットが始まる。先ほど同様に、右足から動き出し、右足・左足と椅子の前に並ぶ。そして、微妙な足の揺れで、彼女が椅子に座ったことが伝わる。一旦、オーディションを受ける教室前から離れることで、一息つくことができ、彼女は少しばかりの落ち着きを取り戻して見える。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 裾野の緊張は、彼女の言葉や言葉に合致した動きから感じられるが、こうした細かな描写からも、登場人物を支える足元から人物描写が施される。そして、この描写は、自らもオーディション前であるにもかかわらず、前述してきたように、緊張しっぱなしの裾野先輩を心配する青野に関する描写にもなる。彼女の足の向き、足が離着地するタイミングから、見えていない部分が〈見え〉、裾野と彼女と対比される青野が自然と浮き上がってくる。

 そして、まず裾野にオーディションの順番が回り、入れ替わりで青野の順番を迎える。彼が演奏中にモノローグで語るように、彼は緊張はなく、やる気に満ちている。そのような彼は、どのような演奏を見せてくれるのか。今度は、彼のオーディションシーンを見ていこう。

 

みんなで奏でる・一人で奏でる

みんなのオーケストラ

 オーディション後に、オーケストラ部顧問の鮎川に「お前の演奏はソロ」と言われ、幼い頃から一人でヴァイオリンを弾いてきた彼にとって、複数人で演奏するオーケストラへの挑戦は大きな意味を持っている。さらに、そのことは本話だけではなく、本作全体に通じる根幹のテーマとなっている。そのため、「ソロ」の演奏を見せるオーディションシーンは、「ソロ」らしさを見せる趣向が凝らされる。

 まず、オーディションを待つシーンでは、彼と同じでオーディションの順番を待つ部員が横一列に並ぶ。その中には、先ほど言及した裾野も居て、青野の右隣りに座っている。それだけであれば、「オーディション待ち」という状況説明のショットにも思える。しかし、このシーンでは、オーディション待ちの部員が画面内一杯に収められるショットが入り、その際何よりも並んだ部員が全員、デフォルメ・省略されることなく、細かく描かれている。オーディションを待つ彼女たちは、主人公の青野と一緒に並んでいる。そういう意味で、オーケストラでの複数性が強調される。それと同じ形で、三年生審査員(以下、審査員)も横並びで映されている。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 また、複数人の要素は、彼のオーディション中に挿入される部員のショットもある。彼がオーディションを受ける中、オーディションを行う密室の内外で、彼の演奏に思いをはせる人物のショットが挟まれる。鮎川の前で、一人で演奏する彼に対して、複数の興味が注がれる。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 

青野のソロ

 先ほど、「ソロ」と対比される複数人の描写を描いた。ここからは、青野の「ソロ」に着目したい。彼の「ソロ的」演奏を語る上で外せないのが、オーディションの引き始めの演出である。

 演出を確認する前に、彼の演奏について整理しておきたい。彼の演奏は、「雄弁」で、鮎川が評するように「第二プルトに座らせてもよい演奏」だった。端的に、その演奏は、過去の自分を越え、今すぐコンマスに認められる演奏出ないにしても、聴く者を引き付ける「よい」演奏だった。「俺を見ろ」と雄弁に語り、その語りの通り、聴き手の意識を収奪してしまう。そのため、彼の演奏は、一定の評価をされながらも「ソロ」と評される。

 だが、その評価の前提には、「俺を見ろ」という雄弁さを滑稽にさせない、確かな演奏がそこになければならない。というのも、確かな演奏があって初めて、「俺を見ろ」という傲慢な雄弁さが滑稽に陥らず、そして聴き手の意識を集めることができるからだ。そうであるならば、その聴き手に含まれる視聴者の意識も同様に、彼の演奏に奪われなければならない。そのための最たる演出が、彼の弾き始めの演出である。

 以上で、彼の演奏を整理し、そこからオーディション弾き始めの演出に着目する動機を確認したが、彼がオーディションで弾き始める前に、彼の演奏への期待は、徐々に高められる。裾野がオーディションの部屋を出てくるのと入れ替わりで、青野が部屋へと入っていく。カメラ位置が青野の後ろのため、視聴者は彼の背中しか見ることができない。だが、彼が部屋に入っていく様子を、部屋から出ていく裾野が珍しいものでも見るように視線を送る。視聴者は、彼のいつもと違った様子について、彼女の視線を介して情報を得て、視聴者に向ける背中に意味を見いだすことができる。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 部屋に入った彼の眼前に現れるのは、見返したい相手の鮎川だ。名前を憶えられていなかったこと、鮎川が父に似ているから好きになれないこと、青野はこのオーディションへのモチベーションを語る。そうして、彼のやる気を見て、視聴者の期待も高められる。

 裾野の緊張、彼女が珍しそうに見る様子、鮎川への敵対心、から青野のオーディションへのやる気を視聴者は感じられ、期待はゆっくりとだが確実に高められ、その期待は頂点に近い。その期待の中で、彼の演奏は始まる。

 彼の弾き始めは、彼が構える弓のクローズアップで迎える。期待上昇の速度と符合するように、ゆっくりと弓が下がっていく。弓の降下に合わせて、画面も降下していき、徐々にヴァイオリンの胴がフレーム内に現れる。弓が降下しきったことに連動して、青野の握る弓が持ち上がり、音を出すべく弦へと引かれていく。ついに弓と弦が接触し、甲高い音色が響き渡る。徐々に高められ、視聴者が待ち望んだ瞬間が到来し、期待が叶えられる。その音色は、流れるような動作を見せる映像に埋もれることなく、映像・音声の複合体たるアニメーションの前景に現れる。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 そして、この視聴者の感覚を強めてくれるのが、一音目直後に、三年生審査員の反応である。審査員の反応がすぐさま挿し込まれることで、高められた期待が叶えられて満足する視聴者の感覚に正統性が付与され、補強される。この正統性の付与と関係して、この反応でおもしろいのが、オーケストラ部の伝統で、審査員は公正を期すため、審査員たちは演奏者に背を向けて、その音を聞くことである。青野の思いを知り、彼の演奏動作込みのアニメーションを見る視聴者の感嘆、それに演奏者が誰かも知らず、音のみしか聞けない審査員の驚嘆が、ただ一音を巡って交わる。もちろん、オーケストラ部の伝統という設定は、姿・演奏の動きを見ずとも、音だけで青野の演奏のすごさを伝えるよう機能するが、それだけではない。視聴者が感じた胸の高鳴りと審査員のそれが、立場・状況が全く異なるにもかかわらず、奇妙にも符合させるよう促している。つまり、「彼のすごさ」、あるいは「彼の演奏がすごい」という作中の事実を伝達するだけではなく、作中外問わず彼の音楽を聞く者に与える影響までをも、伝え・表現し・遂には感動させさえしてしまう。視聴者は、審査員の反応から彼の演奏が作中世界で「すごい」とみなされる事実を知り、同時に自分が感じた感動をその「すごさ」の事実や審査員が感じた驚きとを結びつけることができる。こうすることで、視聴者の内面を支配した感動は、画面内の審査員との結びつきを獲得し、間主観性を得ることで、視聴者が好き好きに感じたのではないという意味での正統性を獲得する。

 

 青野が披露する印象的な演奏は、彼の「ソロ」的な側面=雄弁さ(彼のモノローグ「俺を見ろ!」)につながっていく。彼が雄弁に語る音からは、一瞬たりとも気が抜けない。彼の演奏姿、それに青野の演奏に乗せられた鮎川の指揮、二つの動作から目が離せない。

 各人の思いが雄弁に語られる、張り詰めたオーディションは、オーディション曲の終わりとともに、解放される。クローズアップの青野が映り、目を閉じながら顔を一瞬上げ、息を深く吐きながら晴れやかな顔を下してくるのが映る。その姿を見て、張り詰めた視聴者もやっと気が抜ける。そして、淡い空の穏やかな「青のオーケストラ」のアイキャッチが挟まる。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 

音楽以外の雄弁さ

 Aパートでは、オーディション部分に関して、特徴的な演出を見てきた。Aパート終わりでは、張り詰めた演奏シーンから解放され、小休止的にアイキャッチに入ったことに言及した。

 アイキャッチが終わると、秋音の「えー」という悲鳴から始まり、非日常のオーディションからいつもの日常が帰ってきたように感じる。Bパートでは、オーディションでは雄弁に語っていた青野だったが、青野を代表として、それぞれの人物が日常生活ではそれほど雄弁には語ることはないが、言外の部分で彼らの本音が語られる様子を見ていく。この点、二つの観点で、分析していく。

 

「えっ!?」

 青野の語りの中で、驚きを表し、真意を図りかね、あるいは相槌的に「えっ!?」という返答が用いられる。演奏をするときには、譜面を指でなぞる程度で、ヴァイオリンでその音を奏でてみせる。しかし、「えっ!?」と発する彼は、驚きとともに、なんと言ったらよいかわからず、ひとまずその言葉を口に出す。彼の性格、また青野一を演じる千葉翔也の演技が合わさり、ただの一言に「えっ!?」と青野が発する四シーンを見ていく。

 

・青野のオーディション結果(羽鳥との会話)

 羽鳥からオーディション結果がもう出ていると言われ、それを受けての返答である(14:40~)。思いがけず、オーディション結果が出ていて返答をする。状況の呑み込めない中、座席表で並びを確認して、佐伯に勝った結果を飲み込んで、力強いガッツポーズを決める。

 

・秋音のオーディション結果

 秋音のオーディション結果を聞いた後、青野の受かったことを喜べないでしょと言われ、生返事する(16:45~)。オーディションに落ちた人、自分より席が後ろの人、に対する気持ちから自分が素直に喜んでよいのか、わからなくなっている。

 

・次期コンマス

 鮎川から呼び出しを受け、二つの足りないところを伝えられるシーンである。次期コンマス候補に青野を考えている言われたことを受けて、純粋に驚きの声を出す(21:40~)。

 

・佐伯は熱で欠席

 席を代わるという発言から、佐伯が熱で、まともにオーディションを受けられなかった事実を、青野は知る。予想もしなかった勝因に、思わず声が漏れ出てしまう(22:20~)。このシーンでも、先ほどの次期コンマス候補と言うシーンでも、青野の驚く様子をきっかけに、鮎川の表情は綻び、期待に満ちたものとなる。

 

振り向き

 先には、青野の発する「えっ!?」という反応について、言及してきた。この反応とは別に、言葉で明言はされないが、彼らの感情を物語る行為について言及してみたい。それは「振り向き」である。

 ここで言及する「振り向き」は、二人が面と向かっている状態で、カメラが一方の後ろに位置しているとき、背を向けている登場人物が対面する人物に話しながらカメラ方向に振り返るという動きである。また、行為の仕方、カメラの位置が共通しているだけではなく、行為がなされる状況も似通っている。Bパートでは三点あり、順に見ていきたい。

 

・青野の振り向き_音楽室での会話

 Bパート最初に、青野・秋音・ハル・山田の四人が、音楽室で会話するシーンである。姿の見えない佐伯について、青野がチェロ担当の山田一郎に尋ねたとき、そのことを秋音が茶化す。青野は、いない佐伯について尋ねる、イコール佐伯を気にしているはずなのに、「そういうのもういいから」、と振り向きながらすげなく答える。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 

・秋音の振り向き_廊下での会話

 オーディション後日に、一緒に登校した青野と秋音の二人が、廊下でオーディション結果について話すシーンである。佐伯との勝負に心配してない、と言う青野に、秋音は振り向きながら強がりを指摘する。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 

・秋音の振り向き_オーディション結果の会話

 秋音の結果にうろたえる青野に、秋音が自分の結果に、肯定的に受け止めている今の心情を言い切るシーンだ。演奏会は一曲だけじゃない、と振り返りながら言い放つ。

『青のオーケストラ』12話より
© 阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

 先述した、似通っている「行為がなされる状況」とは、どのシーンでも本音と建前が使い分けられていることだ。そのままの感情を話すことはない彼らの感情が、本音と建前で現れる。第一のシーンでは、青野がその茶化し方はもういいと言いながらも、佐伯を気にしていることは事実だし、第二のシーンでは、秋音が、青野の強がりを第一のシーン同様に茶化すように指摘するも、心配するように後方に位置する青野に視線を向けている。

 第三のシーンは少し異なる。というのも、該当シーンで、秋音は、カメラが位置する後方に一度振り向くが、さらにもう一度青野の方に振り向いて話すからだ。秋音は自らを慰めるように、落選の結果を肯定的に受け止める発言*1をしているが、このシーンでの彼女の本音は前二シーンと異なり、一度目の振り向きの姿から示されるわけではない。このシーンでは、もう一度青野の方を振り向き、「って、落ちた私に気を遣わせないでよね」と秋音が照れ隠しを口にする。ここで照れ隠しの建前が、振り向いて口に出される意味を大きくて、前二シーンでは、振り向いた青野・秋音の表情やそこから見える感情は、視聴者にしか示されなかった、すなわち青野や秋音は、相手の表情・姿により建前から本音を知ることができなかった。しかし、このシーンでは、秋音は再度振り向いて、建前を話す。その表情・物言いから、今の照れ隠しは、先ほどの発言に対するもので、「私は大丈夫」、「演奏会は一曲だけじゃないし」という発言、秋音が結果を真摯に受け止めており、何より青野の合格を喜びたい、と思っていることが、本音だと振り向いた先の青野にも確信できるからだ。

 羽鳥を含む二年生組の賛辞、そして秋音の複雑な本音、それぞれが合わさって、青野は自分の合格を素直に喜んでよいと思えるようになった。この「振り向き」のシーンでは、前二シーンでは、正面切って本音を語らない(あるいは語れない)ゆえの本音と建前の表現であったし、そこから逸脱した第三のシーンでは、もう一度振り向くことで、建前を言う姿を相手に見せることで、先の秋音の発言が本音だったと、青野に伝わったことを、表現するのに成功する。

 何が本当に思っていることか、劇中の登場人物たちが伝えるのも難しいが、劇外の演出として、どう登場人物の本音と建前を視聴者に伝える(あるいは、どう本音が本音として伝わったと、視聴者に伝える)のかも、同様に難問である。ここでは「振り向く」という動作を用いて、そのことがうまく表現されていた。

 

 以上で、登場人物たちが、雄弁ではないなりに、日常生活で感情を伝え合う、もっと言えば感情を自然と伝えてしまう演出について見てきた。まず、「えっ!?」という驚きの相槌による感情の発露に言及し、それから「振り向き」による建前と本音の扱い方を見てきた。

 

終わりに

 オーディション(非日常)と日常の狭間で、「雄弁・非雄弁」を行き来して、本ブログは12話のAパートからBパートへと話を続けてきた。

 本文で触れられなかったが、本話で忘れてはいけないのは、寡黙で厳しい鮎川の内面らしきものも描かれていたことだ。本話は、鮎川が、同じ海幕高校OBの武田(青野・秋音の中学時代の恩師)から青野を託されることから始まる。彼は、オーディションで青野の演奏に目の色を変え、オーディション結果の座席表を見た現コンマス原田蒼の反応を楽しむような笑み、佐伯をライバル視する青野の姿を見て嬉しそうな表情、青野をコンマス争いへ誘う意地悪い表情を浮かべ、そして青野の変化に期待したモノローグ、など彼も、本話では青野に触発されて、感情がにじみ出ている。

 彼ら生徒に、冷静だが熱い思いを持ちながら、茶目っ気を持ち合わせた、鮎川の活躍にも、今後期待したい。

 

*1:「それに演奏会は一曲だけじゃないし」(17:10~)