【アニメ考察】ジャズで物語る―『BLUE GIANT』

Ⓒ2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会
Ⓒ2013 石塚真一小学館

 

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●原作
石塚真一BLUE GIANT」(小学館ビッグコミック」連載)

●スタッフ
監督:立川譲/脚本:NUMBER 8/音楽:上原ひろみ/キャラクターデザイン・総作画監督高橋裕一/メインアニメーター:小丸敏之・牧孝雄/ライブディレクション:シュウ浩嵩・木村智・廣瀬清志・立川譲/プロップ・デザイン:牧孝雄・秋山なつき/美術監督:平柳悟/色彩設計:堀川佳典/撮影監督:東郷香澄/3DCGIディレクター:高橋将人/編集:廣瀬清志/ピアノ奏者:上原ひろみ/サックス奏者:馬場智章/ドラム奏者:石若駿

アニメーション制作:NUT/配給:東宝映像事業部

●キャラクター&キャスト
宮本大:山田裕貴/沢辺雪祈:間宮祥太朗/玉田俊二:岡山天音

公式サイト:映画『BLUE GIANT』公式サイト (bluegiant-movie.jp)
公式Twitter映画『BLUE GIANT』公式アカウント|大ヒット上映中! (@bluegiant_movie) / Twitter

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 石塚真一の同名マンガを原作に、「音が聞こえてくる漫画」が劇場公開された。『デス・パレード』、『名探偵コナン ゼロの執行人』の立川譲が監督を務め、アニメーション制作は、『幼女戦記』のNUTが担当する。ジャズバーや夜の街並みが鮮やかに描き出され、原作マンガが動き出したかのような、迫力満点の演奏シーンがスクリーンに登場する。原作が「音が聞こえてくる漫画」であったのならば、アニメ映画は、さながら「そこで音が奏でられる映像」と言えるだろう。

 

あらすじ

 物語は、仙台に住む主人公の大が、上京してくるところから始まる。彼は上京して初めて聞いた、ジャズピアニストに一目惚れする。大は、ピアニストを強引に勧誘し、バンドを組む。このピアニストが、「JASS」のメンバーとなる雪祈である。そして、大の友人で、音楽未経験のドラム:玉田を加えて、三人の「JASS」がバンド結成する。世界一のジャズプレーヤーを目指す大と十代で日本ジャズの聖地「SO BLUE」を目指す雪祈、彼らに追いつこうと必死に努力を重ねる玉田。三人が出会い、凄まじいスピードでジャズ界を駆けあがり、とうとう聖地まで登り詰め、そして絶頂期に彼らが解散して、伝説を打ち立てる。

 

物語を盛り立てるジャズ

出会って、別れる三人の物語

 あらすじに書いた通り、彼らは出会い、ジャズ界を駆けあがり、遂にはバンド解散の形で別れを迎える。彼らの物語は続いていかない。「JASS」として夢を追う三人の姿を見られるのは、本作の二時間に限られる。そのため、本作を見た観客に、「JASS」を再見できない伝説のバンドとして、強く記憶に刻み込むことになる。

 このことは、劇中で雪祈が言うように、ジャズという音楽ジャンルの特徴でもある。例えば、ロックバンドであれば、何らかの理由での解散・脱退を除けば、基本的には固定したメンバーでバンドを組み続ける。しかし、ジャズでは、バンドは一時的なものであり、様々なメンバーで組み、劇中でも雪祈がゲストピアニストとして舞台に立つように、その場限りのメンバーの形を取ることも多い。

 こうしたジャズの特性は、限られた青春を切り取った本作に縁取りを施す。これにより、劇中で伝説とされた「JASS」を、本作を見る観客にも伝説と感じさせ、この二時間そのものを特別なものにする。

 

感情を語る「ソロ」

 ジャズからもう一つ取り上げれば、本作では、ジャズの楽曲・演奏に重点が置かれている。とりわけ、その中でも「ソロ」に重きが置かれる。大が目指す「世界一のジャズプレーヤー」とは、彼が言うには、音でその時々の感情を表すことができるプレーヤーのことである。そして、その感情が最も如実に表れるのが、「ソロ」なのである。

 モーションキャプチャーロトスコープを用いて、演奏の動きを忠実に捉えた客観的なショットに加えて、それとは正反対の主観的なショットが入り込んでくる。主観的なショットは、写実的な現実の舞台から離れていく。どこか分からない場所に行き、カラフルな描線によって身体の動きが描き出され、波打つようなモノクロの線で鍵盤を叩く手が現れる。ソロを演奏する彼らの、主観的な体験が、輪郭を色・線によって与えられ、映像として表現される。

 演奏者の姿が客観的に捉えられつつ、彼らの主観的な演奏体験が画面に映し出される。それと同時に、音に感情が込められる。ストーリーに呼応しつつも、その時々の心情を雄弁に語りだす。大を筆頭に、完成度の高いソロを雪祈は披露し、最後のライブで初めてソロを見せる玉田がそれぞれに、熱い思いを音に込める。音に感情を込める極めつけは、事故から一命を取り留めた雪祈が、何とか「SO BLUE」に駆けつけて弾いたソロである。夢が叶う一歩手前で事故に遭い、取り返しのつかない怪我を負ってしまった悲嘆、夢の舞台を逃してしまった悔しさ、そしてアンコール一曲とはいえ、三人で夢の舞台にたどり着き、そこで演奏している事実への深い喜び、それらが溶け合って、優しくもあり物寂しく響きながらも、力強い音色が、ジャズの聖地を包みこむ。彼が奏でるピアノの音色は、この瞬間、この世の何ものよりも、雄弁に彼の感情を語っていた。

 

BLUE GIANT』を語る

 本ブログでは、本作のポイントを、「三人の出会いと別れ」、「感情を表現するソロ」に焦点を当ててきた。しかし、本作の魅力はこれだけに収まりきらない。「JASS」が演奏をしていくジャズバーがいくつも出てくるが、どのジャズバーも異なった趣を持っている。これを実現させる背景の描き分けが合ってこそ、彼らが様々なジャズバーで演奏ができるようになった「JASS」の快進撃に信ぴょう性がぐっと高まる。

 また、本作が力を入れるライブ描写も必見である。音に耳をすませるもよし、演奏の動きを注視するもよし、独創的な主観の世界に音楽を見出すもよい。また、三人の演奏の様子が、客観的に映るところ、主観的に映るところ、二つの使い分けに注目するのもよい。

 本作『BLUE GIANT』自体が、ジャズの一側面を取り出して、映像に翻訳して観客に提供してくれる。ジャズにおけるバンドが、固定的なものではなく流動的なものであることから、出会って別れで終わる三人の物語をこの二時間に強烈に刻み付ける。ジャズにおけるソロが、自由な即興演奏(=ソロ)が特徴的なモダン・ジャズがあるように、本作でも、大の言葉を通して、ジャズの魅力の一つが、演奏者の個性・感情を表現できるものと措定され、そして彼らの感情をその即興演奏で表現してみせる。

 ジャズジャンルの中でも、これこそがジャズの魅力だと言われるものは他にもあるだろう。だが、これをこそ、本作では強調している。ジャズの中でもこれこそが、魅力だと高らかに本作は宣言し、その魅力を原作マンガを経由して、アニメーションとして結実した。これを見た観客は、今度はジャズの魅力を本作から受け取り、そしてジャズとアニメーションの魅力が合わさった本作の魅力を取り出して、高らかに語り上げよう。