【アニメ考察】サブストーリーのロマンス—『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』

©映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」製作委員会

 

  youtu.be●原作
水木しげるゲゲゲの鬼太郎

●スタッフ
監督:古賀豪/脚本:吉野弘幸/音楽:川井憲次/キャラクターデザイン:谷田部透湖/美術監督:市岡茉衣/色彩設計横山さよ子/撮影監督:石山智之/製作担当:澤守洸・堀越圭文

制作会社:東映アニメーション

●キャラクター&キャスト
鬼太郎の父(ゲゲ郎):関俊彦/水木:木内秀信/龍賀沙代:種﨑敦美/長田時弥:小林由美子/龍賀時麿:飛田展男/龍賀孝三:中井和哉/龍賀乙米:沢海陽子/龍賀克典:山路和弘/龍賀丙江:皆口裕子/長田(龍賀)庚子:釘宮理恵/長田幻治:石田彰/龍賀時貞:白鳥哲/ある謎の少年:古川登志夫/鬼太郎:沢城みゆき/ねこ娘:庄司宇芽香/山田:松風雅也目玉おやじ野沢雅子

公式サイト:映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』公式サイト (kitaro-tanjo.com)
公式X(Twitter):映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』11.17(金)公開 (@kitaroanime50th) / X (twitter.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が絶賛公開中である。『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公、鬼太郎が誕生する前日譚を描き、そして水木しげる生誕100周年の記念作品に位置づけられる。

 本作は、鬼太郎の誕生を、彼の父(ゲゲ郎)と本作の主人公水木を中心にして描かれる。絶大な権力を持つ、龍賀家の当主が死亡し、龍賀家の跡目争いを見届ける水木と風の噂を頼りに妻を探してこの町にやってきたゲゲ郎。異なった思惑を抱えた二人が出会い、お互いの調べを進めるうちに、この村、哭倉村に巣喰う闇に足を踏み入れる。物語は、その闇の中心にいる龍賀家の所業により、暗く陰鬱な調子で進んでいく。

 しかし、そこに要所要所で、本作に明るさを提供し、希望を持たせてくれるのが、本作のヒロインとなる龍賀沙代である。哭倉村に来てすぐの水木に彼女は出会い、村から連れ去ってくれるようお願いし、クライマックスに向けて駆け落ちする寸前までに至り、主人公水木とのロマンスを演じる。ただ、二人の関係性はロマンスに終わらない。二人の関係性が良好になって、二人の関係性は絶たれてしまうからだ。

 二人の関係性は、何かが潜む怪しげな舞台である哭倉村に、希望を付け加えながら、その逆に物語に新たな影を落とすことになる。二人が顔を合わせる主要なシーンを取り出して、二人の関係性を盛り立てる背景に注目して確認していこう。

 

水木と沙代の出会いから別れ

主人公との出会い

 二人の出会いは、水木が哭倉村を訪れてすぐのことだった。水木が歩く先に、鼻緒が切れ困っている沙代が見える。水木はすぐに駆け寄って、履物を受け取り、鼻緒の修繕にかかる。彼が履物を返し、二人が見つめ合う様子を、昼間の日光に照らされた海を背景に映される。そのショットでは、二人の顔と輝く海以外画面に映らず、今後迎えるロマンスの予兆がショット選択一つで、巧みに演出される。二人の見つめ合いは、沙代のいとこにあたる時弥がやってきて、自然な形で打ち切られる。

 

主人公との結ばれ

 水木の来訪すぐ二人が出会った後に、龍賀家で二人は再会する。が、二人が仲を深めていくのは、物語中盤に、村の禁を破った孝三がキーマンだと判明してからだ。二人は、龍賀家の屋上で落ち合う。沙代は屋上策側に、水木は階段側に立つ。沙代が孝三を水木に会わせる代わりに、自分を連れ出すよう説得するシーンで、彼女の姿は水木の主観ショットで映ってシーンは進む。夕日の落ちる美麗な背景に、彼女の少し影を帯びた姿が映る。その姿を、水木の主観ショットを介して見ることによって、彼が認めるのと同時に、いや彼より先んじて彼女をヒロインとして認めてしまう。

 しかし、水木が彼女の条件を呑むと、オレンジ色だった夕日は、カットを変えて、ピンク色の異様な夕日に変わっている。不吉なピンク色が、この先に普通ではない村で巻き起こる不穏な展開の予兆に感じられる。

 

駆け落ちから、二人で立ち向かう

 そして、水木はこの村の真実を掴む。その直後、沙代が現れ、駆け落ちしようと提案する。二人は駆け落ちを目指すが、結局、ゲゲ郎が捕らえられた地下へと向かう。地下で、沙代の正体が明かされる。龍賀家の務めにより汚れた身の沙代は、霊に憑りつかれ、この村で起きた連続殺人も彼女の仕業だった。水木と沙代は並んで、この村の元凶たる龍賀乙米たちに立ち向かう。沙代に憑く霊が、乙米たちを喰らっていくが、最後に、水木が、沙代が事件を起こし、また先代に犯された身であることを知っていると気づき、さらに彼自身、沙代が龍賀家の人間だと知って近づいたと告白した時点で、彼女は水木に襲い掛かる。彼を締め上げる最中、彼女は、乙米側の村長が突き刺す凶刃に倒れ、灰となり消えてしまう。

 水木と彼女の物語はここで幕を閉じ、ここからは水木とゲゲ郎が、ゲゲ郎の妻を助けに向かう最終決戦が始まる。

 

終わりに

 本作は、水木とゲゲ郎のそれぞれが探し求めるものが、一本のストーリーラインを作り出している。二人が到達した先には、龍賀家の悪事に結び付き、龍賀家を中心とした村ぐるみの非道な行い、ゆうれい族のゲゲ郎の妻も犠牲となっていた。

 その本筋の中で、水木と沙代の淡いロマンスが描かれた。いな、ロマンスと呼ぶべきかも怪しいものだったのかもしれない。お互いが、お互いの利益のために利用していただけにも見えるからだ。水木は、彼女へ告白したように彼女の血筋から近づいたのだし、沙代は忌々しい龍賀家の血筋から逃れるため、東京から来た水木に目を付けたのかもしれない。

 ただ、確かに見えたのは、二人が見せた行動やそこに伴う激しい感情だ。戦争体験から上に立ち、他者を利用することが重要と考えていた水木が、自らの立場を不利にしてしまう彼の元々の動機を告白する。彼女に対して、真摯に向き合う。それを受けた沙代は、その裏切りに怒りの余り、彼を絞め殺そうとする。彼女の激しい怒りは、信用の裏返しにも見える。お互いの態度から見えるのは、「利用」ではない関係性からもたらされる行動であり、感情である。その行動・感情の源泉が、恋愛に絡んだものではないにしても、少なくとも二人の物語にも、本作の大筋に鬼太郎誕生という救いがあったように、救いが見出せる。

 もう一度、「救い」に疑問を付すなら、二人に真摯な感情があった中で、二人が死別したのなら、それは「救い」よりも「絶望」を生むのではないだろうか。だが、その疑問は不毛となる。というのも、彼と彼女の物語も、本作が描いた「鬼太郎誕生の秘密」にかき集められ、絡めとられるからだ。哭倉村での龍賀家の悪事も、そこに立ち向かったゲゲ郎と水木の物語も、水木と沙代の物語も、その秘密の一部となる。救いでもあり、絶望とも捉えられる、二人の物語があって、一人の妖怪が誕生したのである。