【アニメ考察】お仕事・ウィスキー造りを描く群像劇―『駒田蒸留所へようこそ』

©2023 KOMA復活を願う会/DMM.com

 

  youtu.be●原作
KOMA復活を願う会
●スタッフ
監督:吉原正行/脚本:木澤行人中本宗応/キャラクター原案:髙田友美/キャラクターデザイン・総作画監督:川面恒介/美術監督:竹田悠介/色彩設計田中美穂/3D監督:市川元成/撮影監督:並木智/編集:髙橋歩/音楽:加藤達也/

制作会社:P.A.WORKS

●キャラクター&キャスト
駒田琉生:早見沙織/高橋光太郎:小野賢章/河端朋子:内田真礼/安元広志:細谷佳正/駒田滉:堀内賢雄/駒田澪緒:井上喜久子/駒田圭:中村悠一/東海林努:辻親八/斉藤裕介:鈴村健一

公式サイト:映画『駒田蒸留所へようこそ』公式サイト (gaga.ne.jp)
公式X(Twitter):『駒田蒸留所へようこそ』大ヒット上映中! (@welcome_komada) / X (twitter.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 蒸留所を取材する若手記者と幻のウィスキー「独楽」を復活させようとする蒸留所の若き社長。二人ともが「お仕事」に悪戦苦闘しながら、最終的には幻のウィスキーを復活させようと協力して奮闘する、P.A.WORKSが送る「お仕事シリーズ」第五弾が、絶賛公開中の『駒田蒸留所へようこそ』である。

 ニュースサイト記者の光太郎は、「駒田蒸留所」社長の琉生(るい)とウィスキーを通じて、出会う。編集長の安元から取材担当を振られ、しぶしぶ取材に出ていた光太郎だったが、琉生のウィスキーに賭ける思い、その思いに込められた個人的なドラマに心掻き立てられ、光太郎も取材にのめり込み、幻のウィスキー「独楽」復活へ尽力する。

 P.A.WORKSが過去に手掛け、「お仕事シリーズ」と名指された作品と同様に、本作でも「お仕事」に焦点が向けられている。本作で描かれる、蒸留所でウィスキーを造る過程が、細かく描写されて仕事の内容に焦点が当たるのはもちろんだが、特に光太郎・琉生を中心にした登場人物たちが、仕事にどう向き合っていくのか、という視点でも作品は描かれる。

 

ウィスキー造りに関わる個人

 本作の、「お仕事」はウィスキー造りの現場である蒸留所が舞台となる。蒸留所を中心に仕事に向き合う二人の若者が、中心人物となる。光太郎は、気の乗らない記者の仕事に、琉生は今にも傾きそうな家業である蒸留所の仕事に向き合う。

 記者として、光太郎は、駒田蒸留所を訪れる。そこには、若くして家業を継ぎ、クラフトウィスキー「わかば」をヒットさせた琉生がいた。仕事を転々とし、記者の仕事も自分に合っているとは思えない光太郎にとって、琉生はやるべきことがあり、そしてやりたいことが合致して、楽し気に働く姿を見て、嫉妬の感情を抱く。

 そのような光太郎の感情に、共感を覚える方も多いのではないだろうか。仕事に限らず、今やっていることが、自分のやりたいこと、やるべきこととは感じられない一方で、周りの人間がやりたいこと・やるべきことに取り組むのを見ると、焦りや嫉妬の感情が芽生えてしまう。

 だが、「やるべき」で「やりたい」ことで、楽しく仕事をする琉生にも、彼女なりの事情があって、駒田蒸留所を継いでいた。経営の傾き、地震による設備の破壊、ウィスキー生産の停止、兄の家出、父の死など不幸の連鎖が、若い彼女に降りかかっていた。そして、若い彼女は、絵の道を志していたが、その道を自ら閉ざし、家業を継ぎ、焼酎造りに甘んじていた蒸留所に、またクラフトウィスキー造りを復活させる。そして、ウィスキーファンにとって、幻のウィスキーであり、駒田家にとって「家族のお酒」である「独楽」を復活させようと決意する。

 彼女の決意は、余りにフィクション的なきれいごとに思える。しかし、彼女にはきれいごとではない姿がきっちりと描かれた。その姿から光太郎は心を入れ替え、志を新たにし、観客に二人に肩入れさせ、「独楽」復活の物語に没入させる。

 彼女の幼馴染で、広報担当の朋子から、光太郎は彼女が会社を継ぐに至った経緯を知り、道具修理の職人の東海林から、社長になって過ごした辛く厳しい日々を見せられる。彼女が見せる、熱心にかつ楽しそうに、ウィスキー造りに携わる姿の裏に、彼女なりの事情を抱えていることを、光太郎は知る。彼が羨望の眼差しを向けた琉生も、一直線に家業を継いだわけではなく、家業を継ぐまでも、そして継いでからも紆余曲折があったという、当たり前の事実を目の当たりにし、彼は少しずつ自分の仕事に対しても、意識を変えていく。

 そのことは、画面内の光太郎から見た琉生の姿であり、画面外にいる観客は、画面外の特権的な立場からまた違った琉生像を見ることができる。その像は、家業を継ぐ前に、彼女が挑戦していた絵の道と繋がる。押し入れにしまい込まれた画材、過去の回想で琉生が見た他の学生の絵を見る主観ショットは、彼女が言葉には話さない、彼女の事情、家を継ぐ以外にも、絵の道を閉ざす理由があったことを、さりげなく示唆しているように思える。この理由は、不幸ないきさつ、厳しい経営状況以外といった明瞭な行動原理ではない。しかし、彼女が何を考え何を感じて、家業を継いだのか、すなわちこの仕事を選んだのか、を彼女の感情から推測することができる。つまりは、困難があっても、家族とウィスキーのために、家業を継ぐという単純なドラマに回収することを拒んでいる。そのドラマに伏流する、彼女の事情が、このドラマ自体、そして彼女の豊かに肉付けしてくれる。

 だが、彼女は絵を辞めたわけではない。何度も慰労会での彼女のデッサンがフラッシュバックするように、彼女にとって絵は大切な思い出の一部であるし、ウィスキーの造りに欠かせないテイスティングノートも、彼女独自に絵でウィスキーの風味を記録している。

 物語として腑に落ちるきれいごとを聞き、上司の言葉により奮起する光太郎も、ウィスキーへの熱意・家族への想いは見えるが、自分の事情を話さない琉生も、すべてが語られることなく、簡単には味わいきれない豊かな深みを持った個人として立ち現れる。一歩間違えば、あいまいな人物造形になりそうな、綱渡りに成功している。その成功の暁に、彼女の人物像に立体感が生まれ、彼女から何かを感じ取った光太郎の心変わりを、観客はすんなりと応援することができる。

 

ウィスキー造りがつなぐ群像劇

 ウィスキーを巡る「お仕事」について、光太郎と琉生という個人の悩みを中心にした展開をここまで記してきた。だが、「お仕事シリーズ」が描く射程は、個人に向かうだけでなく、光太郎と琉生を繋いだように、人と人を繋ぎ、群像劇に至る。幻のウィスキー復活に向けて、蒸留所の社員、光太郎や編集長、駒田家、さらに全国の「独楽」ファンへと輪は広がっていく。

 また、仕事は一人の時代で終わるわけではない。駒田蒸留所が祖父・父・琉生に継がれるように、ウィスキーの原酒も三代にわたって、受け継がれる。駒田蒸留所で、ウィスキー造りを再開したとき、「わかば」をヒットさせることに一役買ったのが、光太郎の上司で編集長の若元だった。その彼が駒田蒸留所の連載を、光太郎へ引き継いだことから、本作の物語は始まったのだった。そういった意味で、ウィスキーに溶ける時間は、人と人とのつながりとして現れる*1

 本作は過去の「お仕事シリーズ」が描いてきた、主に主人公たちの仕事への悩みと彼・彼女が就く仕事のつながりを描きつつ、さらに発展させて、縦のつながりをも画面内に登場させる。

 

 人と人とのつながりで、巧みな演出に触れたい。そのシーンは、光太郎が琉生のテイスティングノートを見てしまい、二人の仲が険悪になってから、次の取材先でのことである。光太郎に先んじて、琉生と朋子が取材先に到着していた。

 光太郎が今回の取材に来るか話しているときに、画面は道路側に立つ琉生の肩越しから朋子を映している。そのショットの中で、車のエンジン走行音がすると、今度は琉生の正面に立つ朋子の肩越しから琉生を映すショットへ移行する。タクシーは前の道路で停止する。そのタイミングで、朋子がもしかしたら光太郎は来ないかも、と琉生を脅かすようにからかう。それに琉生が驚いた反応をする。タクシーから降りた光太郎が近づいてくる。彼が二人に声をかけて、琉生はさらに驚いた様子で声の方に振り向く。

 このシーンにはそれぞれの意図・反応が生き生きと描かれ、その関係性を観客は楽しむことができる。琉生と朋子が幼馴染らしきことはわかっているが、二人の関係性、ここでいえば、朋子が琉生をからかう関係性が見えてくる。しかも、元々二人がそういう関係性ということを前提にした提示の仕方ではなく、ここでは、朋子は「タクシーが来た」ことに触発されて、朋子は琉生の反応を見たいという悪戯心を抱き、そして、タクシーを同じ方向から見る観客も、現在進行形で生じている朋子の感情を共有できる。

 また、光太郎にとっては、ここから彼のやる気がみるみる変わっていく、変化の兆しが見えるシーンである。以後の光太郎は、積極的に取材相手に質問をして、何とかウィスキーの連載をうまく成功させようとする姿が見える。

 琉生と朋子の幼馴染の関係性、そしてその二人のやり取りに現れ、変化の兆しを見せる光太郎。本作を主導する、光太郎と琉生を朋子目線で見つめることによって、光太郎が来ないかも、と思う琉生、その琉生の後ろから現れ、二人に声をかける光太郎の接触には、ある種のどきどきが生じ、関係性を読み取るだけではない映像のおもしろさがある。

 ここから物語は加速していき、「独楽」復活に向けて、彼らは奮闘していく。途中、駒田蒸留所に火災が発生し、一時はそもそも会社を売却の危機に陥る。しかし、「独楽」復活を願う駒田蒸留所の社員一丸となり、また世界の「独楽」ファンの力もあり、「独楽」復活へ着実に進んでいく。

 そうして、「独楽」は完成し、物語は大団円で締めくくられる。

 

お酒の楽しみ

 本作は、ウィスキー造りを主題に、仕事にまい進する人々を描いてきた。その中で、完成したウィスキーを飲む描写は大きな感動を与え、登場人物たちがお酒を飲む姿はお酒の味を想像させ、本作が扱うお酒を引き立てている。該当するシーン、二シーンに触れていきたい。

 

慰労会のシーン

 本作の始まり、幾度か挟まれるフラッシュバック、そして最後に完成した「独楽」を飲んだ琉生の母の姿から思い出される慰労会の記憶。この慰労会は、毎年のお酒の完成を祝し、社員を慰労する会であり、皆が幸福そうにお酒を飲んでいる。その様子を、当時高校生だった、琉生はデッサンしている。

 「独楽」完成時に、琉生の父がどのように毎年のお酒の出来を判断していたのか、明かされる。それが、普段お酒を飲まない、母の表情だった。彼女が完成したお酒を口に含み、その表情に晴れやかな色が浮かんだとき、父は今年のお酒の出来を確信していた。

 お酒のおいしさは、確かに自らが種々様々な色の液体を、自ら口に含むそこから与えられる刺激の調子で、測ることができる。しかし、お酒のおいしさは、自分の感覚器官を刺激するだけではなく、上記した飲み手の表情に、豊かに現れる。お酒を飲まない彼女の表情は、「おいしい」という言葉以上に、お酒の出来を物語り、そして母に次いで、口に含む父のお酒をもさらにおいしくさせていたのだろう。

 

光太郎・裕介の居酒屋シーン

 また、駒田家の状況について、お酒のおいしさについて分析した。今度は光太郎と友人の裕介が居酒屋で話すシーンに言及したい。彼が、友人の裕介と居酒屋で飲むシーンである。このシーンは、本作中、二回挟まるが、一つ目が初めて光太郎が取材に行った後であり、二つ目は光太郎が取材にやる気を出し、軌道に乗り始めた後である。このときの、裕介のしぐさに注目したい。

 一つ目のシーンでは、最初のショットで画面は二人の座席を横から映し、光太郎の話を聞きながら、所在投げに机下でスマホをいじる裕介が見える。打って変わって、二つ目のシーンでは、逆に裕介は、取材について熱心に語る光太郎から目を離さない。しかし、彼の手元は変わらず動いている。光太郎の言葉に相槌を打ち、それに応じて手振りが加わり、その手がそのままグラスへ赴く。グラスを握るのではなく、指で挟み込むように持ち、一度空中で揺らした後に、液体を流し込む。そして、ゆっくりとグラスは元あった場所に戻される。熱心に話す友人の話を肴に、お酒を慣れた手つきで飲む。彼の表情、態度、飲むしぐさ、それぞれから、語られるのは仕事のことで、お酒について語られないにもかかわらず、その味を想像させ、お酒のおいしさが伝わるシーンだった。

 

 

 本作では、お酒造りに焦点がおかれ、そこに関わる人たちの「お仕事」が描かれてきた。ただ、本作はそれにとどまらず、完成した後のお酒が、どのようなおいしさをはらんでいるか、ただ単に、「おいしい」という個人的な言葉を越えた、見てわかる「おいしさ」について描き出してくれる。そうした姿は、お酒のおいしさと共に、お酒を酌み交わす場をも幸福な場にしてくれる。そうした意味で、本作は、お仕事を描くことから、お仕事の成果までを描きながら、最後まで「群像劇」になっていたように思える。

 

*1:ウィスキー・職業・時間の関係性については、『駒田蒸留所へようこそ』パンフレットに掲載されている、「継承」という観点で、藤津亮太のレビューで簡潔にまとめられている。そのほか見どころも多いので、ぜひ、パンフレットを入手し、本作をより深く楽しむために役立てていただきたい。