【アニメ考察】”推しの子”から推しの”子”へ―『【推しの子】』1話

©赤坂アカ×横槍メンゴ集英社・【推しの子】製作委員会

 

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●原作
赤坂アカ×横槍メンゴ『【推しの子】』(集英社週刊ヤングジャンプ」連載)

●スタッフ
監督:平牧大輔/助監督:猫富ちゃお/シリーズ構成・脚本:田中仁/キャラクターデザイン:平山寛菜/サブキャラクターデザイン:澤井駿/総作画監督:平山寛菜・吉川真帆・渥美智也・松元美季/メインアニメーター:納 武史・沢田犬二・早川麻美・横山穂乃花・水野公彰・室賀彩花/美術監督:宇佐美哲也(スタジオイースター)/美術設定:水本浩太(スタジオイースター)/色彩設計:石黒けい/撮影監督:桒野貴文/編集:坪根健太郎/音楽:伊賀拓郎/音響監督:高寺たけし/音響効果:川田清貴/OPディレクター:山本ゆうすけ/EDディレクター:中山直哉

アニメーション制作:動画工房

●キャラクター&キャスト
アイ:高橋李依/アクア:大塚剛央/ルビー:伊駒ゆりえ/有馬かな:潘めぐみ/MEMちょ:大久保瑠美/黒川あかね:石見舞菜香/ゴロー:伊東健人/さりな:高柳知葉/アクア(幼少期):内山夕実

公式サイト:アニメ『【推しの子】』公式サイト (ichigoproduction.com)
公式Twitter『【推しの子】』TVアニメ公式 (@anime_oshinoko) / Twitter

 

※この考察は『【推しの子】』一話のネタバレを含みます。また、一部『SELECTION PROJECT』の内容に触れます。

 

 

概要

 『【推しの子】』の勢いがすごい。原作マンガの人気もさることながら、テレビアニメ化後も止まることを知らない。テレビアニメ一話では、贅沢にも原作一巻を丸々アニメーション化してしまう。一話、つまりは原作の一巻自体は、『【推しの子】』のプロローグ的な意味合いを持っているため、一話で完結させることに十分な意味はあるのだが、それでも一話に原作一巻、九十分をつぎ込んでしまう所業には、制作会社動画工房の気合を感じずにはいられない。

 ストーリー展開は以下のようになっている。

 

ストーリー

「この芸能界せかいにおいて嘘は武器だ」

地方都市で働く産婦人科医・ゴロー。

ある日"推し"のアイドル「B小町」のアイが彼の前に現れた。

彼女はある禁断の秘密を抱えており…。

そんな二人の"最悪"の出会いから、運命が動き出していく―。

 

天才アイドル・アイは死んだ。

遺された双子の妹・ルビーは母に憧れ芸能界へ。

兄・アクアはアイ殺害の協力者であろう実の父親への復讐を誓う。

『アイの隠し子であること』

『前世の記憶を持つこと』

2つの大きな秘密を抱えた兄妹の、新たな物語が動き出す────。

(『【推しの子】』テレビアニメ公式サイト STORYより)

 

一話の魅力と本ブログの内容

 本作は、前述したように、原作:赤坂アカ×作画:横槍メンゴの同名マンガを原作としている。アニメーション制作を担当するのは動画工房で、『私に天使が舞い降りた!』の平牧大輔が監督、『ゆるキャン△』の田中仁がシリーズ構成、『彼女、お借りします』の平山寛菜がキャラクターデザインを担当する。

 本作をジャンルとして、分類することは難しい。主人公の産婦人科医ゴローが推すアイはアイドルであるため、アイドル物とも言えるし、その後にゴローとゴローの過去の患者さりながアイの子どもアクア・ルビー(「推しの子」)として転生する部分からは転生物とも言える。また、一話のラストには、芸能界で頭角を現してきたアイは、人気急上昇の半ばで、ファンに刺殺されてしまう。そこから、アクアはアイを死に追いやった犯人復讐を誓うという予期せぬ方向へと話は転ぶ。こう見ると、ジャンルはサスペンスに移っている。

 こうして様々なジャンルを横断しているが、視聴者に唐突感を抱かせないのが、本作の巧さの一つである。天才アイドルと彼女の子どもたちの物語から、アイを死に至らしめた人物を探すサスペンス劇が展開されるだろう次話以降にうまくトスしている。ジェットコースターさながらの展開変化が視聴者を楽しませることもさることながら、急展開へ視聴者を手際よく馴らして、物語展開や登場人物の心情に違和感を生まないようにしている。具体的には、二話以降の展開に向けて、アイを殺されたアクアの復讐心に同調できるよう下準備をしておくことである。視聴者にとっては、推しでも母親でもないアイが、殺されたことに対して、アクア同様に深い悲しみを抱かせることができて初めて、彼が抱く復讐心を共有することができる。また、そのためには、アクアだけではなく、アイ自身にも感情移入が向かなければならない。

 したがって、一話では、ラストの復讐の誓いに至るまでに、いくつかのステップを踏むことで、この復讐の誓い、ひいては今後のサスペンス展開に視聴者を抵抗感なく誘う。第一に、ゴロー・さりなの推しであるアイが天賦の才を持ったアイドルだと示すこと、第二に、嘘で彼女が作り上げたフィクションにより固められた“神”(アイドル)から、愛を知った“人”に成る過程を映すこと、第三に、愛を知り人となった彼女の死を三人にとって劇的に描き出すこと、そして最後にアクアに復讐の炎を宿すことである。これらのステップを踏んで、視聴者は激動の展開から振り落とされずに、各登場人物の思いや感情を追体験していく。この激動の展開に非現実(フィクション)と感じる間もなく、一話は役目を終える。本ブログで『【推しの子】』一話を取りあげるにあたって、主として物語の筋に主眼を置く。物語の筋を追いながら、先述したステップに沿って、本作の一話が、視聴者を導いてきた道を辿っていきたい。

 

”星”と”スター”

 「推しの子」となるゴローとさりなが、推すアイドルがアイである。アイは、アイドルグループ「B小町」のセンターに立ち、ファンを虜にしてしまう。まずはゴロー・さりなの推しが、推したるゆえんである、彼女のアイドル性=フィクション性を見ていきたい。

 アイの特徴で、まずもって目を引くのは“目”である。星が象られた目には、その変わった目のデザインであるがために、彼女を他の人間から際立たせる力がある。原作から引き継がれた、星を用いた独特なキャラクターデザインが、彼女のアイドル性を指し示すのみならず、星は“スター”の象徴を司って、彼女を特別な存在に仕立て上げる。

 “スター”の象徴が、他のシーンでも意図的に用いられる。ゴローの勤務する病院に、診察に来たシーンである。ゴローは彼女と屋上で言葉を交わし、アイドルでの成功も、アイドル以外の普通の幸せをも手に入れようとする彼女の決意を受け止め、むしろ彼女を推し続けようと決意する。その屋上のシーンでは、会話に合わせて、アイとゴローのショットが移り変わる。その中で、アイのショットには、夜空に浮かぶ一等星が、彼女の頭上に常に輝いている。それはカメラアングル・ショットサイズが変わっても、彼女からぴったりと離れない。そうして、キャラクターデザインに込められた星が、彼女がこれから歩んでいくスターへの道を予感させる。

 目に浮かぶ星は、彼女を特別な存在に仕立てる。が、彼女から人間味を薄れさせる副作用をもたらす。本作中、アイがSNSエゴサをしている際、笑顔が作り物っぽいとのコメントを目にする。カメラの位置や角度、画角に入るタイミング、笑顔を演出する口や目じりの角度を計算するというアイの人力によって、彼女は最高のアイドルを画面に登場させる。彼女が生み出す作り物のアイドルは、嘘で塗り固められ、フィクションを紡ぐ。彼女は、嘘を武器に、「B小町」のセンターであるアイというフィクションを紡ぐことができる。ヴィジュアル面での人間味の薄さ、それにアイ自身が創造したアイというフィクションに満ちたアイドル、二つが掛け合わさって、彼女は“神”アイドルとなる。

 ただ、あらすじにもあるように、彼女のアイドルの道はおろか、人生の道も長くは続かない。彼女は人気急上昇中に刺殺されてしまう。彼女は、日本中を虜にするような伝説のアイドルにはなれない。しかし、彼女には、大きな変化が訪れる。それは、彼女の子どもであるアクア・ルビーと過ごす日々が彼女に与えたものである。その変化は、彼女が絶命する直前、本心から言えるまで心の内に取っていた、「愛している」をアクア・ルビーに伝えるシーンに集約される。しかし、このシーンについては、次々章まで取っておこう。

 

”神”アイドルから”人”の親へ

 巧妙な嘘で、ファンが求めるアイドルを作り上げたアイだったが、何もファンを騙そうとしていたわけではない。彼女は、嘘が真になるときを待っていた。いつかファンへ向けて叫んだ「愛している」が、本心でステージから届けられるときが来ることを望んでいた。そうなるべく、彼女は研鑽を積み、そして磨かれた彼女の嘘は丁寧に編まれ、そこにアイのフィクションが生まれる。アイドルとして、アイが成功することは叶わない。彼女は唐突な死を迎える。だが、彼女は死を迎えることによって、嘘ではない真の感情を手に入れることになる。

 ここで、監督・キャラクターデザイン・制作会社の三点で、『【推しの子】』と同布陣でアニメーション制作された『SELECTION PROJECT』比較してみたい。『SELECTION PROJECT』の中でも、作中上、伝説のアイドルとされる天沢灯を引き合わせてみる。

 『SELECTION PROJECT』は、動画工房KADOKAWAがタッグを組んだ、アイドルのオーディションを、リアリティーショーとしてアニメ化したメディアミックス作品である。本作では、全国各地区から勝ち上がったアイドル候補たちが、正式デビューを賭けて、良きライバルとして競い合う様子が描かれた。アイドル候補たちの一人が、主人公の美山鈴音である。彼女は、三年前に交通事故で亡くなった伝説のアイドル天沢灯に憧れて、「SELECTION PROJECT」に参加して、過酷なオーディションに奮闘する。

 『SELECTION PROJECT』内で、天沢灯は三年前に死んだ伝説のアイドルとして、登場する。彼女は人気絶頂中に、不慮の事故で亡くなったため、“悲劇のアイドル”というフィクションが加算されることで、そのアイドル像が神格化されている。また、本作の主人公鈴音が天沢灯を見て、アイドルを志したように、その神の威光は、後に続くアイドル候補たちの道しるべとなった。

 それに対して、人気上昇中のアイドルだったアイは、その死をもって、伝説のアイドルとなることはなかった。むしろ、その死が消費対象として、一時ニュースやネットを騒がせたのみで、すぐに忘れ去られてしまう。アイの死は世間全体で、真剣に受け止められることはなかった。そうすると、彼女の死は、彼女を無に帰しただけかと思いきやそうでもない。死は彼女に神格化のきっかけを与えるのではなく、愛を知り・伝えるきっかけを与える。彼女は、アクア・ルビー二人の“神”(アイドル)から“人”たる母親になったのである。この点で、『SELECTION PROJECT』の天沢灯と逆の方向を向いている。伝説となった天沢灯が神格化され、後続するアイドルたちを生み出したのに対して、アイは真の感情を手にすることができ、彼女の特徴的な“目”をそれぞれ分有するアクアとルビーをこの世に残す*1。ただ、どちらもが残された人に送るのは、アイドルの輝き・本心からの愛という素晴らしい贈り物である。

 こうして、『SELECTION PROJECT』を補助線に据えると、アイが迎えた死による彼女の喪失と捉えるだけではなく、彼女が手に入れたものや彼女の変化を死という残酷な事実から救い出すことができた。死の縁で、彼女は嘘で固められたフィクションの“アイドル(=偶像)”から、彼女が求めてやまなかった確かなつながりを持つ一人の“人”となる。このことが、一話のアイがまさに死を迎える山場のシーンに感動を与え、また本作の急展開に観客を慣らせることになる。

 

嘘とフィクションの使い道

 本作の中で、アイは嘘を利用して、ファンにフィクションを提供する。彼女の嘘を真にしようとする努力・願いとは裏腹に、その嘘・フィクションに彼女は裏切られてしまう。彼女は、彼女が作りあげたにもかかわらず彼女から遊離したアイドル像により、そのアイドル像から逸脱する彼女、すなわち子どもができた彼女を許さないファンに刺殺されてしまう。だが、そのことは、彼女を徹底的にアイドル性が持つ“神”性を剥ぎとり、彼女を“人”の領域へと連れ帰る。フィクションを利用して、非フィクションのフィクションを取り出す。

 彼女がフィクションを利用したように、本作自身もフィクションを利用する。本ブログで取り上げているのは、『【推しの子】』の“一話”である。すなわち、この作品のプロローグに当たる。しかし、『【推しの子】』が本作のプロローグは単に“導入”という言葉以上に重い。というのも、本作の一話が本作のプロローグになっているのは、単に物語設定を説明し、登場人物を紹介する一般的な役割を持つ一話だからではなく、一話(原作一巻)以降に続く全く異なる展開へとつなげるための導入であるからだ。

 しかも、起承転結の起を担うはずの、一話がすでに転を担っている。つまり、『【推しの子】』は転から始まる物語と言える。少し話を先走ってしまったので、この『【推しの子】』が転から始まる物語の中身を確認していこう。

 本作自体が、フィクションを利用していると書いた。それも徹底的に利用する。このことが起から始まらない物語展開を作る。本作の始まりは、そもそもアイドルの妊娠・出産である。アイドルが構築したフィクションを破る、というある種タブーに踏み出している。それもつかの間、そのアイドルのファンが、アイドルの子どもに転生する。天賦の才を持ったアイドルはめきめきと人気を獲得していくが、その最中、熱狂的なファンに殺されてしまう。

 以上の展開を見ると、どう考えても一話でやり切る内容ではない。ただ、これを一話でやり切ることによって、アイドル・アイの魅力を知ったと同時に、母親・人としてのアイの魅力を知ることができる。そこから話数の途切れなく、アイの死から感じる嘆き・憤りをアクアと視聴者で共有することが容易になる。そうして、次話以降のアクアを主軸とした物語へ自然な導入となっていく。要するに、上記二点に向けて、アイの死のシーンさえも、利用し尽くされている。

 アイが腹部からの大量出血により意識がもうろうとなりながら、二人に愛を伝えるシーンは、一話で最も豪華に画面が彩られていたシーンである。崩れた髪の毛の一本一本が描かれ、服の乱れやしわ、絶命直前の彼女が浮かべた穏やかな表情が丁寧に作画される。さらに、ドーム公演当日のめでたい日に差す、晴れやかな日差しが、豪華にこのシーンを飾る。このシーンには、画面の力という、視聴者に向けられた暴力的な力によって、視聴者をこのシーンの虜にしてしまう。カメラがあれば、最高の自分を作り出すことに長けた彼女は、真の人間的感情を取り戻したとき、カメラで撮られている意識なしに、視聴者を画面にくぎ付けにしてしまう天賦の才を発揮する。ここにおいて、視聴者はアイドル・アイの魅力ではなく、母親であり人であるアイの魅力をまざまざと見せつけられる。ただフィクションの利用という観点では、アイの死を利用するのは、死によってアイが得たものを演出するに留まらない。

 そうして、アイは死を迎えた。アイの死を受けて、絶望に打ちひしがれながらも、アクアは今回の事件について、考えを巡らせ、一つの気づきを得る。それが、アイの死をもたらした真因となる人物の存在である。アイを刺したのは一介の大学生であり、彼だけではアイの情報を収集することすら困難と容易にわかる。そこから導かれるのは、彼に情報提供をした人物の存在である。アクアはその人物へ復讐を誓う。絶望に落ち、アイから受け継いだ右目の星は、光を失っていた。行き場のないやるせなさから復讐相手を見つけた彼の目は、復讐の光に激しく輝きだす。

 アイの死後アクアの動向を記述したが、ここで重要なのは、先述したように、アクアの絶望・復讐心に視聴者が置いてきぼりになっていないことだ。アイドルのアイの魅力も、母親で人たるアイの魅力をどちらも知った、視聴者は、アイのファンで子どもであるアクアと似た位置に立つ。アクアが嘆き、憤りを感じるように、視聴者も感情を共有できる。ただ、視聴者とアクアは異なる。推しの実の息子となったアクアは真正の復讐心を感じているかもしれないが、視聴者はそれが分かるだけである。そうだからこそ、視聴者は、アクアが抱えていく復讐心に共感しながらも、あくまでも視聴者として、彼が紡ぐフィクションを楽しむことになるだろう。

 そうして物語は次話以降に続く、アイなき世界の新たな物語へと進んでいく。

 

終わりに

 筆者は原作未読のため、「今後こういった展開が見られるのでは」、という期待を記して、最後に本ブログを締めくくりたい。前述した通り、アクアは真犯人を捜し復讐するために芸能界に入り込むだろうし、ルビーは母親の意志を継ぎ、彼女自身の願いのために、アイドルを目指して芸能界入りを果たすだろう。アクア方面のサスペンス展開にも、ルビー方面の困難なアイドル道にも期待が高まる。

 また、一話をプロローグとして位置づけたが、本作の一話は、プロローグがメインを喰らい尽くす勢いがあった。その勢いを生んだのがアイだが、彼女は一話でフェードアウトしてしまうには惜しい、魅力に富む登場人物であった。願わくば、アイが回想やら何らかの形で登場してくれれば、と思う次第である。

*1:この点、『SELECTION PROJECT』では、天沢灯が交通事故に遭った際、彼女のドナーカードから心臓が移植されたが、そのときドナー提供を受けたのが、鈴音だったことも重なる。