【アニメ考察】ゆるふわTSFになれる―『お兄ちゃんはおしまい!』1話

©ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

 

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●原作
ねことうふ(月刊ComicRex/一迅社刊)

●スタッフ
監督:藤井慎吾/シリーズ構成:横手美智子/キャラクターデザイン:今村亮/美術監督:小林雅代/色彩設計:土居真紀子/撮影監督:伏原あかね/編集:岡祐司/音響監督:吉田光平/音響効果:長谷川卓也/音楽:阿知波大輔・桶狭間ありさ/プロデュース:EGG FIRM

制作:スタジオバインド

●キャラクター&キャスト
緒山まひろ:高野麻里佳/緒山みはり:石原夏織/穂月かえで:金元寿子/穂月もみじ:津田美波/桜花あさひ:優木かな/室崎みよ:日岡なつみ

公式サイト:TVアニメ「お兄ちゃんはおしまい!」公式サイト (onimai.jp)
公式TwitterTVアニメ『お兄ちゃんはおしまい!』 (@onimai_anime) / Twitter

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 極度にデフォルメが効いたキャラクターデザインに、主人公が男性から少女になる、いわゆるTSFの設定が加わり、ファンシーさ盛りだくさんのとなっている。監督は、テレビアニメ作品初の藤井慎吾が務め、制作は『無職転生異世界行ったら本気だす~』のスタジオバインドが担当する。

 本作は、冒頭から主人公のまひろは、朝目が覚めると、中学生くらいの少女になっていた。彼女は戸惑いながら、妹のみはりの手を借りて、女の子の生活を始める。本作のジャンルは、TSFというものだ。何らかの方法で、登場人物の性別が変化するフィクション作品のことを言う。その方法でありえるのは、魔法・魔術や近未来の科学(化学)や、人物の入れ替わりなど、多岐にわたる。一話で明らかになるように、みはりが開発した薬が原因でTSが起こっている。彼女の助けを借りて、まひろが女の子の初体験を経験していく姿とみはりの机に置かれた文書のタイトル「お兄ちゃん改造計画」と名付けられた実験が進んでいく。

 

 本作は、「TSが起こったら、どうなる?」という問いを丁寧に描かれる。まひろの少女化前の姿は、回想で学生時代の姿しか見ることができないが、声が変わり体つきも変わっていることが、まひろの反応で示される。また、誤って購入したBLゲームに興奮するなど、趣味趣向が変わったかもしれない、という描写もある。少女化した者が体験するであろう出来事が描かれる。そのため、非現実的な(突如の)少女化が起こった際に、どのような出来事が起こるのか、フィクション的な想像力が掻き立てられる。

 ただ、本作はそのようなTSFを見せることがだけが、魅力ではない。一話ではすでに、突如少女化が起こるという事件を見せるだけではなく、そこから少女化を経た人間、すなわち、まひろとみはりを中心とする周囲の人間との物語が、展開し、さらなる予感を生む。一話時点で、兄としての葛藤が描かれ、まひろを少女にした張本人の妹が兄を心配する様子が映される。

 タイトル通り「お兄ちゃんはおしまい」してしまい、二人の妹になってしまうのか、それとも体は妹になりながらも、お兄ちゃんのままでいられるのか。兄であり妹、妹であり姉、の二人のドラマが矛盾を孕みながらも、始まっていく。

 

観察から感情移入へ

 本作の魅力を、上では、TSFって何?という側面とTSFを通して彼らの物語を描く側面にあると指摘した。この点について、この魅力を高める演出について、確認したい。

 一話の中心となるのは、よそよそしさすら感じさせるロングショットである。いくつかの障害物を前方に置き、画面位置はまひろの部屋の本棚や机、パソコン裏からまひろを映す。視聴者は彼の本当の姿を見ずに、彼が起床して、すでに少女になっていた様を見る。そのため、視聴者は彼が少女化したことに、彼がショックを受けるほどには、ショックを受けないし、受けられない。このことは、ロングショットを使用することで、彼のショックを観察するような視聴者の視点と符合する。そのため、視聴者は感情移入させようとする過度な演出を避けられ、映像は視聴者に寄り添い、視聴者もまひろに起きた事実を冷静に見ることできる。ただ、芸術アニメーションというよりも、いわゆるエンタメを目的としたアニメで、感情移入を避けるロングショットを使用し続けるのには、違和感を覚えた。

 その違和感が布石となり、みはりが薬をもって、まひろを少女化させた事実に、意味を与えてくれる。少女化は、彼女の実験なのである。実験であるから、彼女はまひろの身体状況をチェックし、何日もお風呂に入っていない兄の異常さを指摘するに至る。それに、彼女の実験は面と向かったチェックだけではなく、まひろの部屋に仕掛けられたカメラで、まひろを観察する。ロングショットのカメラは、まひろに完全に感情移入できない観客の位置を表しながら、まひろを観察するみはりの視点にもなっている。また前者の観客の視点も、感情移入よりも、少女化したまひろの状況、つまり誰がどのように少女化したのか、このアニメの状況を冷静に把握しようとする観察者に似た視点と言える。

 この冷静な視点を、一瞬で打ち砕くのは、Aパート終盤、ランニングシーンの高架下で、まひろの主観ショットが用いられるその一瞬である。ここで、冷静な観察者に徹していた視聴者たちは、引きこもりでニートの情報しか与えられなかったまひろの心情を知り、そして、彼の目で、彼が久しぶりに出た屋外の景色を見る。ロングショットを多用して、彼の情報を提示し、彼の目線を使用して、景色を見せる。特に劇的ではないシーンではあるが、彼が抱える優秀な妹へのコンプレックス、それを種とする彼の状況、そして兄を辞められる現在の状況が揃った中で、観客にごく自然な形で、彼の目でものを見て、さらに彼に感情移入を誘導してくれる。

 しかも、その視点は、主観の前後で冷静な観察者の視点(ロングショット)を保持しながら、彼の境遇に想いを馳せるようになった視聴者の視点は、「お兄ちゃん改造計画」の冊子を持つみはりの視点そのものだと気づく。みはりこそが、まひろのことをそばで見て、彼の心情を察することができる、最も近い人物である。彼女のことを彼女から語ることなく、まひろを映す視点、さらに彼の主観を利用して、彼に感情移入させることによって、兄を想うみはりへも感情移入させるのは、卓越した離れ業と言わざるを得ない。

 

兄妹を見る鏡 アイデンティティの変化を見る

 先ほど、カメラの位置から視聴者は、兄→妹の順へ流れるように、感情移入へ誘う手立てを見た。もう一つ、一話での演出について、確認したい。それは、鏡である。タブレットの映り込み、着替えを見る姿見、浴室用の鏡など鏡が登場する。この鏡というアイテムは、姿が変わるTSFでは必須と言えるだろう。冒頭に、まひろは声が変わっているのに気づくも、風邪を疑って、まさか自分に少女化が起こっているとは、当然考えない。その後、タブレットの映り込みを見て、自分が少女化している事実に気づく。これが、タブレットの映り込みである。

 また、鏡は自らの身体的なアイデンティティを確認するだけではなく、身体から漏れ出る精神的なアイデンティティを映し出す。一つは、姿見の例である。清楚の象徴のような真っ白なワンピースを着せられ、まひろは納得いかない様子をするも、それでも無理矢理に脱がず、照れた反応をして、ワンピースを着たままにする。そのシーンで、鏡を用いるのは、もちろん、まずまひろが自分の姿を確認する必要があるからだ。自分が清楚の象徴を纏っている事実、纏った自分のかわいさを確認させる。さらに、ここで重要なのは、鏡を用いるのが、この自分の姿を見るまひろを、みはりが見る、という構図を作り出すことである。改造者のみはりは、変わりつつある被験体の様子を観察しなければならない。そして、まひろのいじらしい姿とそれを見て満足するみはりの両名を見て、視聴者も同様に満足するのである。このように、複雑で重層的な、感情の流れが一枚の板に託されている。

 もう一つは、浴室の鏡である。少女化して、自分の体と言っても、すぐに直視に耐えるものではない。自分のもので、かつ日々見ることによって、慣れるものである。そのことが鏡を使って、正確には鏡を使わないことで、演出される。お風呂に入るまひろは、浴室の鏡を直視できず、局部を腕で、隠して鏡に向かっている。しかし、少しの時間経過が挟まり、彼は、「慣れれば見えるもの」と言って、下部を直接に見ている。直視はもってのほか、鏡越しでさえ、まともに見れなかったが、慣れれば、鏡を通さず直接に見ることができる。この点で、自分の体に慣れる時間のかからなさと慣れたら自分のだから照れなく見ることができる。見るに慣れない体でも慣れた様子が、鏡という媒介を使わずに、直接に見ることで、的確に表現される。

 

 以上で、ロングショットを利用して、視聴者の視点を尊重し、同時にまひろとみはりに感情移入させるショットの術を指摘し、さらに自分を見る鏡を用いた演出の効果を見てきた。本作はこれ以外にも、たくさんの魅力が詰まっている。端的に作画を取っても、さすが『無職転生』を手掛けたスタジオバインドと感嘆せずにはいられないし、その作画で動き回るキャラクターも十分に魅力的である。『おにまい!』は、間違いなく今季(2023冬アニメ)の注目作と言っても過言ではないだろう。