【アニメ考察】聞こえる日本語と話される日本語・人間語―『無職転生Ⅱ 〜異世界行ったら本気だす〜』9話【2023夏アニメ】

©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生Ⅱ」製作委員会

 

  youtu.be●原作
理不尽な孫の手MFブックスKADOKAWA刊)/キャラクター原案:シロタカ/原作企画:フロンティアワークス

●スタッフ
監督:平野宏樹/シリーズ構成:大野敏哉/キャラクターデザイン:嶋田真恵・齊藤佳子/美術監督:三宅昌和/色彩設計:土居真紀子/撮影監督:頓所信二/編集:三嶋章紀/音響監督:明田川仁/音楽:藤澤慶昌/プロデュース:EGG FIRM

制作会社:スタジオバインド

・9話スタッフ
脚本:高山淳史/絵コンテ:平野宏樹/演出:新谷研人/作画監督:彭佩琦・勝谷透・滝本賢児・藤井茉由・哈魯・林夢赟・蓋・Niii/総作画監督:田中彩

●キャラクター&キャスト
ルーデウス・グレイラット:内山夕実/前世の男:杉田智和/サラ:白石晴香スザンヌ小林ゆう/ティモシー:羽多野渉/ミミル:沢城千春/パトリス:山本格ゾルダート:鳥海浩輔/アリエル:上田麗奈/ルーク:興津和幸/フィッツ:茅野愛衣

公式サイト:TVアニメ「無職転生 ~異世界行ったら本気だす」公式サイト (mushokutensei.jp)
公式Twitter『無職転生 Ⅱ ~異世界行ったら本気だす~』TVアニメ公式 (@mushokutensei_A) / X (twitter.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 九話では、ラノア魔法大学の特別生の一人、サイレント・セブンスター(以下、本名のナナホシ)が登場する。フィットア領での転移事件について調べを進めるルーデウスは、フィッツ(以下、代名詞は彼女を使用する)の勧めにより、結界魔法を得意とするナナホシを訪ねる。そうして、ナナホシと出会い、彼女がルーデウスと同じ転生者であることが判明する*1。同じ境遇の人間をルーデウスが初めて見つけた重要なシーンであるとともに、ヒトガミ以来の「日本語」の会話が新鮮な形で登場する。

 本ブログでは、この世界には存在しない「日本語」と「日本語」での会話という部分に着目したい。本話で、この世界にとって異世界の言語たる「日本語」を介して、ルーデウスナナホシがお互いを理解し、二人の利害の一致によって結束するし、また彼ら二人(+視聴者)とフィッツに距離が生じる。同郷二人を結び付け、本来異郷であるルーデウスとフィッツにずれをつける演出を見ていこう。

 

サイレント・セブンスターの登場

 ルーデウスは、フィッツの助言で、ナナホシの部屋を訪問する。彼女を一目見て、彼女が龍神オルステッドの側にいた人物だと気づく。その瞬間、彼はオルステッドにやられた瞬間を思い出し、気絶してしまう。目が覚めると、ナナホシの部屋に、フィッツとナナホシがいる。ルーデウスは、ナナホシが日本語の名前が書かれた紙を見せ、日本語で話す様子から、彼女の境遇に気づき始め、彼女がこの世界への来歴を話した段で、自分たちが同じ境遇であることを理解する。以上が、ルーデウスナナホシと出会い、手を結ぶまでの一連の流れである。

 このシークエンスでは、この世界の「人間語」と「日本語」が使い分けられる。この言語の違いが本話の肝*2となる。オルステッドの記憶と結びつくナナホシを、ルーデウスは、彼女の敵意がないという言葉から理解をしているが、体が受け入れることができない。彼が初め気絶したように、彼女の姿から強制的に記憶が喚起されてしまう。彼女が日本人の名前が書かれた紙、そして彼女が日本語で「この言葉は分かる」と問いかけ、お互いの来歴や転移事件について語りあっていく内に、彼が彼女へ柔和な態度を取り始める。

 彼にとっては、ヒトガミ以外に日本語を話せる、久しぶりの相手だった。彼の精神に刻まれた日本語の響きや感触は、元の世界の記憶・感触を喚起させ、ナナホシを徐々に受け入れることができる。

 彼らは、お互いに言語を共有し(おそらくは母国語を共有し)、お互いの転生遍歴を語り合う。ルーデウスは最初よりも彼女に心を許していくも、二人ではこの世界、そして元の世界への思い入れが全く異なる。また、二人は同じ日本という土地からの転生者同士だが、真に打ち解け合うことはかなわない。そのため、二人は友好関係ではなく、お互いの利害のために、協力関係を結ぶ。

 ルーデウスナナホシの会話に当たる前半部分では、二人がともに来た日本に目を向けさせ、二人の関係性が進展していく。その仲介を務めるのが、日本語である。冒頭部分で、共通したメロディを、ナナホシは鼻歌で、ルーデウスは指でリズムを刻んでいた。この予告的に示された繋がりを、日本語を通じて、転生の来歴などお互いに知ることで、日本語は二人を結び付ける基盤となる。

 

転移事件への反応の違い

 日本語は、ルーデウスナナホシを繋ぐ重要な要素となった。だが、日本語は同時に、二人とフィッツに距離を生じさせる。もっと言えば、転生者側の立場とこの世界の住人側の立場が、分離している様子が見える。

無職転生Ⅱ』9話より
©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生Ⅱ」製作委員会

 フィッツは、この場において局外者たり続ける。彼女は、この世界の住人であるから、この世界から見て異世界に存在する日本語を解さない。そのため、彼女はルーデウスナナホシの話、それに二人の関係性の進展に興味がある素振りを見せるも、その内容を理解することはできない。二人の会話の間に映る彼女は、二人に興味を向けながらも、どこか手持ち無沙汰に見える。

無職転生Ⅱ』9話より*3
©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生Ⅱ」製作委員会
無職転生Ⅱ』9話より*4
©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生Ⅱ」製作委員会

 もちろん、フィッツが、日本語が分からないという状況自体も重要である。その状況自体が、ルーデウスナナホシの同郷性を裏書きしてくれるからだ。だが、もっと重要なのは、「日本語で会話して、そこにフィッツが居続ける」この状況の効果が発揮される、フィッツが激情をナナホシに向けるシーンにおいてである。

 この直前、ルーデウスナナホシは二人の会話を終え、「人間語」で話し始める。そこで、「自分が(日本から)転移してきたこと」と「フィットア領転移事件」に関係があるかも、と言ってしまう。その瞬間、フィッツが突然、ナナホシに飛び掛かる。

 このとき、ナナホシはとっさに防御結界を張るが、ルーデウスは完全に虚を突かれている。それに視聴者も、ルーデウスナナホシの会話という静的なシーンから一転して展開される、彼女の叫び・唐突なアクションシーンに驚き、それと合わせて、この一瞬「なぜ?」という問いが生じ、フィッツが視聴者の予測から外れた行動を取ることに、驚きは増す。しかし、その直後、一瞬のうちに、腑に落ちる。ルーデウスが説明するように、ナナホシが、望んでフィットア領の転移事件に関与したわけではない。この場に居て二人の話を聞いていながらも、フィッツはこのことを知らない。というのも、日本語を解さないからだ。そのことが、前提を知るルーデウスや視聴者の予測できない行為をフィッツに取らせることになる。彼女の局外者ぶりが予測不能な行動を生み、予測不可能性は突発的なアクションの快感を生じさせる。だが、逆に、彼女の行動を驚きに満ちて受け止めるルーデウスや視聴者は、この世界の局外者であることを照射する。

 フィッツから見ると、ナナホシの発言は、転移事件の元凶が自分であると、自称するように受け取れる。そう受け取る彼女がナナホシへ向ける怒りは、当事者の真正の怒りに見える。ここで、ルーデウスナナホシが会話する中では、局外者だったフィッツが、この世界を唯一無二の世界として生きる、当事者の立場へ移昇格する。その意味で、彼女の豹変した反応は、「フィットア領転移事件」の今なお残る傷やその被害者たちを含めた、当事者たちのディティールの描写になっている。

 当事者のフィッツの視点で見れば、同じ境遇のはずのルーデウスが、それほど怒りを見せていないのは不可解に感じる。ルーデウスナナホシの事情を知っていたことを抜きにしても、ナナホシが望んで、フィットア領転移事件を惹き起こしていないにせよ、何らかの形で関係していることに変わりはない。その点、ルーデウスは、自分と同じ転生をきっかけに、転生事件が起きたのであればしょうがないと思い、ただ関係しているだけのナナホシに対してわだかまりを持っているわけではない。それゆえ、そのことを知っているルーデウス・視聴者は、フィッツの激情に虚を突かれる。そこに、ルーデウス・視聴者とフィッツにある違いが横たわっている。それは、異世界転生者・それを知る者(=視聴者)と異世界の住人の違いに根差している。

 しかも、その事実を明かされないフィッツにとっては、ルーデウスが同じく「フィットア領転移事件」の被害者であり、同じ怒りを感じるはずと予想しているだろうから、この違いは引っかかりになるだろう。そうしたためか、ナナホシの部屋を後にした、ルーデウス・フィッツの間には、微妙な会話がなされる。離れては追い、もう一度離れてルーデウスにフィッツは問う。彼女の複雑な心情がこもった行動から、転生者のルーデウス・この世界の住人であるフィッツの間に距離が生まれているようにも感じられた。

©理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生Ⅱ」製作委員会

終わりに

 『無職転生』において、元の世界(日本)は異世界(=「剣と魔法の異世界」)で、時に苦々しく時に懐かしく思い起こされる、想起されるためだけの世界、あるいは「異世界」並びに「異世界転生」を成立させるため、前提されるだけの世界ではない。彼らが元の世界で生きていた事実が、転生したとたんに消去されることなく、否が応でも転生後の人生にも影響を与えてしまう。そうした意味で、本話では、元の世界から異世界へ、知識等の直接に影響を与えることはないが、ルーデウスが元の世界で生きていた事実が、彼がこの世界に存在するだけで、この世界へ影響を与えている*5。転生した先の異世界でも、元の世界で生きた事実がにじみだしてしまう、そうした点まで描き切っていることが、本作が傑出した「異世界転生物」である一つのゆえんなのだろう。

 

*1:厳密には、ルーデウスが現実世界で死んで、この世界で赤ちゃんからやり直している「転生者」なのに対して、ナナホシは現実世界の姿そのままこの世界へ来た「転移者」という違いがある。ちなみに、ナナホシは当時学生だったが、今も見た目の年齢は変わらず、不老である。

*2:無職転生』では、言語にそれ相応の重要性が与えられている節がある。一期では、成長するルーデウスが、「人間語」を習得し、ロキシー・ギレーヌからそれぞれ、「魔神語」と「獣神語」を学ぶ。二期の七話では、七話で、獣族のしゃべり方をけなすことで、二人の獣族を挑発している。

*3:ルーデウスの隣から立ち上がって、日本語が書かれている黒板に進む。そして、難しい顔をして、元来たルーデウスナナホシの方向へ視線を向ける。この一連の流れが、フィッツの興味を示し、彼女の心情を想像するようかき立てられる。(11:27~11:54)

*4:1枚目、2枚目の間に、ルーデウスナナホシの各ショットが挿入される(16:24~16:55)

*5:この点、ナナホシが「私たちはこの世界にとって異物なの。・・・・・・自分に必要な物しか作らないし、利がなければ提供もしない」(13:33~)というセリフが興味深い。意識的に異世界に影響を与えないようにするナナホシも、ルーデウスも知らず知らずの内に、異世界に影響を与えていっているだろう。