【アニメメモ】Production I.Gの過去・現在・未来―「Production I.G - THE ANIME STUDIO - NHKオンライン」より

Ⓒ1995 士郎正宗/講談社バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

 

●出演
石川光久後藤隆幸田中宏侍押井守黄瀬和哉、和田丈嗣

番組公式サイト:NHK総合とBS1で「THE ANIME STUDIO」シリーズ3作品を一挙放送! - NHK
公式サイト:Production I.G (production-ig.co.jp)
公式TwitterProduction I.G (@ProductionIG) / Twitter

 

 

※この考察は、「THE ANIME STUDIO Production I.G編」及び『GHOST IN THE SHELL』の内容を一部含み、『銀河英雄伝説』・『Sol Levante』二作品に触れます

 

 

概要

 ますます人気が高まる日本のアニメーション。その制作会社に潜入し、アニメーション制作の秘密を探るのが、NHKで放映された「THE ANIME STUDIO」である。今回はその中でも、Production I.G編を見ていきたい。

 

「THE ANIME STUDIO」のTRRIGER編は、過去記事をご参照ください。

 

 Production I.Gは、数多くの傑作を世に放ってきた人気制作会社の一つである。1987年に設立以来、日本のアニメーションシーンを牽引し続ける老舗の制作会社と言える。番組内でも話題に上る『攻殻機動隊』シリーズに加え、数々の有名タイトルが存在する。堅実なアナログ作画の動かす作画と時代の最先端を行くデジタル技術の活用、伝統と革命を繰り返すスタジオこそが、Production I.Gである。

 「Production I.G - THE ANIME STUDIO - NHKオンライン」で、このような魅力あふれるスタジオ、そして作品が生まれる秘密に迫っている。本ブログでは、この秘密へのアプローチを、Production I.Gの「現在→過去」と「現在→未来」という形で再構成したい。2018年に公開された『銀河英雄伝説』を例にとって、現在形で続くProduction I.Gの強み、すなわちアナログ作画とデジタル技術(ここでは、CG)が紹介される。そして、時代は遡って、Production I.Gに多大な影響を与えた押井守へと話は移る。Production I.Gに今なお根付く彼のこだわりが、本人へのインタビューを挟みつつ、提示される。話は現在に戻ってくる。Production I.G社長へのインタビューを中心に、現在のProduction I.Gが思い描く将来の展望が、開示される。その中でも、近年で大きな挑戦となった『Sol Levante』にフォーカスが当たる。以上の流れで、現在のProduction I.Gを形作った要素と挑戦を止めないProduction I.Gこれからについて、余すところなく、記録していきたい。

 とはいえ、本ブログは当番組のごく一部のエッセンスを抽出し、記録したものに過ぎない。そのため、少しでも内容に興味が湧いたら、本ブログで行った編集前の本編を、ぜひ視聴いただきたい。

 

現在から過去へ

アナログ作画とCG~『銀河英雄伝説』を例にとって

 第一に、Production I.Gの作品、ひいてはアニメ作品全体の基礎となる作画が取り上げられる。2018年公開の『銀河英雄伝説』を例にして、Production I.Gの強みとなるアナログ作画とCGについて、制作者の思いを手掛かりに、魅力の秘密をあぶりだす。

 

アナログ作画の味

 アナログ作画については、『銀河英雄伝説』で作画監督を務めた後藤隆幸が、解説を行う。アナログ作画はProduction I.Gの強みでもあり、視聴者層からも根強い信仰がある。後藤が語るのは、信仰以上の具体的なアナログ作画の味である。後藤曰く、アナログ作画の味は、アニメーターがある造形を持ったキャラクターになり切り、その人物特有の動きが線に現われることにある。そのような動きをキャラクターごとに描き分けられる必要があり、アニメーターは各人物になり切り、そしてその「なりきり」を線に落とし込む。そうすることになって、彼が言う意味で、アニメーターは役者となる。こうした意味で、アニメーターが役者として振舞えて、アナログ作画の味は、最上のものとなる。

 

CGの表現力

 続いて、CGである。CGについては、『銀河英雄伝説』の戦艦とミサイル軌道を見本に、本作品でのCGの役割が説明される。説明は、CGIプロデューサーの田中宏侍である。まず、戦艦について。戦艦を制作するCGへの要求は、全長一キロメートルの戦艦の巨大さをCGで表現することだった。この巨大さを表現するために、二つの工夫が採られる。一つに、内部の作り込みを強化することである。それにより、全長に相応した内部の密度が担保され、同様に全長に即した重量感が出る。もう一つに、ライティングの工夫である。ライティングから生じる陰影によって、CG特有ののっぺりした印象を除去し、質感・重量感を生み出す。

 また、ミサイル軌道については、プログラミングで射出されたミサイルを、いかに違和感なく外すかに苦労した点が挙げられる。プログラミングにより、理論上ミサイルは、百パーセント命中する。しかし、現実ではそうはならないし、そうなったら物語が進まない。そのため、ミサイルを、より違和感なく標的から外すように、プログラミングによるCGの挙動制御に力が入れられた。このような苦労を経て、物語を破綻させずに、かつリアリティのミサイル発射の映像が完成することになった。

 

 以上のように、アニメの基本となる作画が取り上げられた。続いて、さらに過去に遡って、Production I.Gの看板作品とも言える『攻殻機動隊』(正確には、『GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊』)、そして監督:押井守について言及される。

 

過去からの遺産~押井守

 Production I.Gの歴史において、外せないのが押井守である。何が主要か議論はあるが、『攻殻』シリーズを代表とする彼の主要なアニメーション作品は、Production I.Gにより制作されている。そのため、本番組でも、Production I.Gでアニメーション制作をし、多大な影響を与えてきた押井がここで取り上げられる。

 まずは、彼の世間的代表作*1となる『攻殻』シリーズ、特に『GHOST IN THE SHELL /

攻殻機動隊』(以下、『攻殻』)について、押井へのインタビューを踏まえ、『攻殻』に施された、観客を虜にする仕掛けが明らかとなる。

 

攻殻』~魅力の秘密_作画

 ここでも、作画と世界観の二つに、話は分かれる。

 作画について、インタビューでは、作画期間は三か月ほどしかなかったため、アニメーターには必要最低限を超えさせなかった、という制作方針が押井の口から語られる。そのため、『攻殻』では、原画の欠番はほぼなかったという。

 それでもアニメの土台となる作画に妥協を強いたわけではなかった。そのことを明らかにするように、少佐と容疑者が水上で戦闘を行うシーンのこだわり部分が語られる。押井から語り手を受け取った、本作の作画監督黄瀬和哉が語った。該当シーンで、容疑者と対峙する少佐は、光学迷彩を使用しているため、「透明を描く」ことを要求されていた。しかも、「透明を描く」とは、少佐の姿が周囲と同化して全く見えないのではなく、何となく存在感はある、という微妙な描写を意味していた。この「透けてる感」を、透けている体の中でも、少佐に影が落ちる部分に着色したり、戦闘場所が水上であることを生かして、透けている少佐の動きに合わせて、水しぶきや波紋を利用したりして、彼女の存在感を醸し出している。

 こうした話の中から、押井や彼らの元で働くスタッフのこだわりが垣間見える。そのこだわりの結晶が、『攻殻』だったのだろう。アニメーターの限られたリソースを必要最低限の範囲に投入し、その範囲内で最高の仕上げを求める。そうすることで、舞台・生身の人間・義体それぞれに同程度のリアリティが宿り、相反するようだが、デジタル技術を駆使した独創的な映像表現が可能となり、熱狂的な人気を獲得する。

 

攻殻』~魅力の秘密_世界観

 また、世界観については、登場人物たちが駆け回る中華街の様子を取材に行った出来事が、番組内に押井の口から紹介される。その出来事から、『攻殻』が持っている、荒廃的な近未来都市が創造されることになった。その出来事とは、香港の街での夕立(スコール)だった。

 香港の繁華街で、スコールが降る。それによって、道路が水浸しになる。その光景を見て水没都市を連想し、その連想から近未来都市的なイメージを発見する。それらを基に、繁華街の中を水が流れる、独創的な近未来都市が生み出された。

 直後のインタビューで押井が語るように、「現実から何をかすめ取ってくるか」、「現実を編集する」を実践できる彼のたぐいまれな、日々の観察眼とそこからイメージを膨らませる豊かな想像力によって、公安九課が活躍する『攻殻』の舞台が創造される。一つの出来事によって、斬新な世界観の糸口をつかむ押井の手腕と『攻殻』の舞台が持つ魅力の秘密を少し知ることができた。

 

 また、押井のパートでは、アニメ映画『BLOOD THE LAST VAMPIRE』などのオリジナルアニメ制作を支え、熱量を持った人材を育てる役割をも担った「押井塾」の紹介がなされる。作品制作の現場に留まらず、こうした形でも押井の影響は、Production I.G内に浸透していることが分かる。

 

現在から未来へ

 話は、現在→過去から現在→未来へ話を戻していく。今度は、Production I.Gの現在を含めたこれからの展望についてである。Production I.Gの目指す形は、いくつかの方向性を持って説明される。社長:石川光久が語る目指すべきスタジオの形は、ディレクターシステムである。まず監督を立て、監督が作りたいものを作れる環境を準備する。ジャンル・手法に囚われず、多様な作品を制作してきたProduction I.Gらしい目的地である。

 だが、ディレクターシステムだけでは、会社・ビジネスとしてアニメを作り続けるのは難しい。そのため、Netflixと包括的業務提携を結び、長期間に複数作品の制作が可能な環境づくり行っている。しかも、Netflixを通して、全世界でProduction I.G作品を配信視聴可能になり、新たに全世界規模の視聴者層を獲得することができる。こうして、Production I.Gは、独創的な作品を提供すること、ビジネスとしてアニメを作ること、両者の目的地どちらも目指せるスタジオの形を、模索している最中である。

 また、2019年当時、世界初の試みとなった作品についても取り上げられる。世界初の4KHDR*2手描きアニメーション作品『Sol Levante』である。『SolLevante』は、常に最先端の挑戦をし続けてきたProduction I.Gらしい挑戦と言える。

 

世界初の試み~『Sol Levante』

 Production I.GNetflixにて公開した『Sol Levante』は、世界初の4KHDR手描きアニメーション作品である。本作は、約四分のアニメーションに、二年間の制作期間が費やされている。本編を見ると、制作の労を映すかのように、圧倒的な映像美、大迫力で没入感溢れる音響が、本作が労作であるばかりか、力作であることを証明してくれる。ここでは、番組でも取り上げられた映像美の部分に注目する。

 本番組では、4KHDRであるからこそ、画質上表現が可能になった作画の緻密さに焦点が当てられる。4KHDRのために、デジタルで髪一本一本まで微細に描かれた作画は、最先端である4KHDR映像で初めてその本領を発揮する。また、4KHDR用に超微細に描かれた作画のみが本作の魅力というだけではなく、本番組では、デジタル作画で描いたパーツを組み合わせて、デジタル上で、滑らかに動かす、切り絵的な技術(カットアウト)*3が使われていることも紹介される。この技術が使用されることで、本作は3DCGを使用せずに、手描き作画のみで、動きを生み出すことが可能になっている。細部まで緻密に描かれたデジタル作画とそれを滑らかに動かす技術、この二つの紹介から世界初の挑戦たる『Sol Levante』の成り立ちが明らかとなる。

 4Kで可能になる作画の緻密さ、HDRで可能になる多様な色彩、カットアウトで可能になるほぼ全編手描きのアニメーションによって形作られる映像美をぜひ確認いただきたい。

 

 本番組では、過去・現在・未来の側面から、Production I.Gというアニメ制作会社の秘密を探っている。アナログ作画、デジタル作画、CGなどあらゆる技術を用いながら、貪欲に新しい作品を作り続ける裏側を見ることができた。

 また、本ブログの最後には、本番組でも触れられた世界初の4KHDR手描きアニメーションである『Sol Levante』について、本番組の内容に触れ紹介した。このような新たな挑戦をし続けるProduction I.Gの作品、全世界へ与える影響は、今後も見逃せない。

*1:押井自身の自己ベストとしては、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』、『御先祖様万々歳!』を挙げている。(押井守・聞き手:渡辺麻紀押井守のサブぃカルチャー70年』、株式会社東京ニュース通信社、2022、p.53参照)

*2:4Kとは、画面画素数のことで、3820×2160画素の映像のことである。要するに、低画素数フルHD(2K)に比べて、より細かい部分まで映すことができる。アニメ含む地上デジタル放送では、フルHDが通常である。

*3:カットアウト:パーツごとに塗って動かしていく手法
【LONG INTERVIEW】『Sol Levante』誕生秘話VOL 01 表現力と技術力は呼応する – SWITCH ONLINE (switch-pub.co.jp)