【アニメ考察】ろくでなしたちの物語ー『メイドインアビス』

© 2017 つくしあきひと竹書房メイドインアビス製作委員会

 
 2022年7月から2期「烈日の黄金郷」が始まっている。二期放送途中だが、今回、一期と映画について、振り返りをしてみたい。オースの街中心に穿たれた巨大な縦穴アビス、アビスの惨い呪い、凶悪な原生生物たち、そしてアビスに冒険に出る探窟家たちのドラマ、など興味をそそられる要素は多い。ここでは、『メイドインアビス』内で、特に異彩を放っている黎明卿ボンドルドに注目してみたい。

 

〇テレビアニメ1期
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●スタッフ
監督:小島正幸/副監督:垪和等/助監督:飯野慎也/シリーズ構成:倉田英之/脚本
倉田英之小柳啓伍/キャラクターデザイン:黄瀬和哉/生物デザイン:吉成鋼/プロップデザイン:高倉武史/美術監督:増山修/美術設定:西俊樹/色彩設計:山下宮緒/撮影監督:江間常高(T2 studio)/音響監督:山田陽/音楽:Kevin Penkin/音楽プロデューサー:飯島弘光/音楽制作:IRMA LA DOUCE/
アニメーション制作:キネマシトラス

●キャラクター&キャスト
リコ:富田美憂/レグ:伊瀬茉莉也/ナナチ:井澤詩織/オーゼン:大原さやか/マルルク:豊崎愛生/ナット:田村睦心/シギー:沼倉愛美/キユイ:塙愛美/ジルオ:村田太志/ライザ:坂本真綾

公式サイト(1期):アニメ「メイドインアビス」公式サイト (miabyss.com)
公式Twitterアニメ「メイドインアビス」公式 (@miabyss_anime) / Twitter

〇劇場版 メイドインアビス 深き魂の黎明
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●スタッフ
監督:小島正幸/副監督:垪和等/脚本:倉田英之/キャラクターデザイン:黄瀬和哉Production I.G)/総作画監督:齊田博之/作画監督:小栗寛子・崎本さゆり/エフェクト作画監督橋本敬史/生物デザイン:吉成鋼/デザインリーダー:高倉武史/コンテ:小島正幸・酒井智史/演出:高橋賢・垪和等・森賢(ぎふとアニメーション)/アクションアニメーター:酒井智史・杉田柊/メインアニメーター:小里明花・池裕樹・小出卓史・黒田結花・谷紫織・馬場健/美術監督:増山 修(インスパイアード)/美術設定:西 俊樹・平柳悟・菱沼由典/色彩設計:山下宮緒/撮影監督:江間常高(T2スタジオ)/音響監督:山田陽/音響効果:野口透/音楽:Kevin Penkin/音楽プロデューサー:飯島弘光/音楽制作:IRMA LA DOUCE/音楽制作協力:KADOKAWA
アニメーション制作:キネマシトラス/製作:メイドインアビス製作委員会

●キャラクター&キャスト
リコ:富田美憂/レグ:伊瀬茉莉也/ナナチ:井澤詩織/ボンドルド:森川智之/プルシュカ:水瀬いのり

公式サイト(劇場版):劇場版「メイドインアビス」-深き魂の黎明- 公式サイト (miabyss.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

冒険らしさと憧れは止められない

 本稿のメイン、ボンドルドに関して話を進める前に、『メイドインアビス』の代表的な特徴を述べておく。

 『メイドインアビス』は、主人公リコが白笛の母を追って、アビス最下層の奈落の底を目指す冒険譚である。アビスには各階層に上昇負荷、通称「アビスの呪い」が設定されており、探窟家は上方向に移動する際、蓄積された呪いの猛威を受ける。アビスの来る者を拒まず、去る者を逃さない特徴である。

 呪い以外にも、アビスの恐ろしさは、強大な原生生物がある。彼らの優れた捕食能力は身体能力に限らず、狡猾さ・特殊な器官を持っているなど多岐にわたる。そのため、アビス内で、探窟家は一瞬の気の緩みも許されない。

 主人公のリコ、旅の連れでロボットのレグは、危険極まりないアビスへと挑む。制約のある最強の武器(火葬砲)を手に宿すレグが、特別な力もないリコを守りながら、二人で協力してアビスを進む姿は、死との隣りあわせゆえにまさに冒険と言える。

 

特徴:かわいいキャラデザとえぐい展開

メイドフォーかわいい 

 『メイドインアビス』について、一般的に言われているのは、かわいらしいキャラデザと凄惨な物語・世界観が特徴であり、一つの魅力ということだ。低い頭身に、丸々とした顔の輪郭線、もちもちとした頬など、可愛らしさに舵を切り、登場人物にデフォルメを加えている。キャラデザのデフォルメされた可愛らしさにより、彼ら自体の来歴や彼らの生活にも自然と肯定的なデフォルメのフィルターを掛けさせる効果がある。視聴者は無意識に、そのフィルターの効果は彼らが住む世界全体にも広がっていると期待する。が、その期待は裏切られる。リコとレグは危険極まりないアビスへ冒険に出て、凄惨な出来事を見、聞き、体験する。

 

±ベクトルの呪い

 序盤の比較的緩やかな物語から進展するにつれ、視聴者が掛けたフィルターから『メイドインアビス』の毒素が漏れ出す。その中でも特に、アビスの呪いがこの作品の凄惨すぎる展開を生み出している。

 

アビスの呪い

 『メイドインアビス』の凄惨な物語・展開を先鋭化させるのが、アビスの呪いである。アビスでは、深層を進むごとに、呪いは強力なものになる。各深層の呪いを列挙すると、深層一層(アビスの淵)は「軽いめまい・吐き気」、深層二層(誘いの森)は「重い吐き気・頭痛・末端の痺れ」、深層三層(大断層)は一層二層の呪いに加えて「平衡感覚の異常・幻覚幻聴」、深層四層(巨人の盃)は「全身の激痛と全ての穴からの流血」、深層五層(なきがらの海)は「全感覚の喪失・意識混濁・自傷行為」、そして深層六層(還らずの都)は「人間性の喪失・死」、以上が各階層の呪いである*1

 アビスの呪いは数多くの探窟家を蝕み、アビスと原生生物の栄養としてきた。アビスの呪いに怯むことなく、探窟家たちは冒険を続ける。

 

人間の呪い

 アビスの呪いは、上昇負荷と言うだけあって、上向きの動きに適用される呪いである。『メイドインアビス』のアビスの呪いは、作中の設定で明示された呪いである。『メイドインアビス』では、上向きの呪いとは別の、「下向きの呪い」とでも言える呪いが見えてくる。人間の業とも言い換えられる。

 それはアビスへの憧れである。アビスが持つ呪い、アビスに巣喰う原生生物に対する恐れを麻痺させ、探窟以外のすべてを探窟家から取り上げてしまう、強烈な憧れである。難攻不落で、場合により片道切符となるアビスへの旅は、探窟家たちを誘惑する。憧れを求めて探窟に挑む探窟家たちは、アビスという異常に直面しても、その憧れは止められない。

 止まらない探窟家たちの中でも、一期、映画までで、黎明卿ボンドルドはきわめて個性的な人物である。オーゼンに「筋金入りのろくでなし」と言わせる彼の特徴を見ていく。

 

ボンドルドの魅力 憧れの暴走列車

悪意なき探求心、後味の悪さを助長、ナナチとミーティの絆と実験結果を見て、プルシュカとの間に絆を作り出し、それを利用してアビスの祝福を受ける

 

ボンドルドとは?

どこで出てきて、どのように対峙し、どのような過去があるのか簡単に紹介

 ボンドルドが初めて物語に関与するのは、テレビアニメ一期第十三話「挑む者たち」である。十三話では、ナナチの回想中にボンドルドが登場する。彼の実験の犠牲となったナナチとミーティ。ボンドルドはアビスの呪いを回避する方法を見つけるため、孤児を実験に利用していた。実験内容は、被験者を二人一組にし、片方に呪いを集中させるというものだった。その実験で、ナナチは呪いを回避し、獣化というアビスの祝福を受け、二人分の呪いを一身に受けたミーティは死ねない肉塊になってしまう。テレビアニメ一期十三話で、レグがミーティを火葬砲で焼失させて、ナナチはやっとミーティを死ねない肉体から解放することができる。

 続く映画で、深層五層にたどり着いた三人は、深層六層に至る拠点、イドフロントでボンドルドと対峙する。そこで明かされるボンドルドの非道さはさらに濃度を高める。彼は、子どもたちを実験に使用するのみならず、彼が開発した呪いを回避するカートリッジの材料にしていることが明かされる。しかも、殺した状態では、アビスが呪いの対象とする生命に判定されないため、数日間生存可能な部位を残した肉の塊にして、生きた状態では箱詰めにしている。彼らは、生命維持機能と生命と判定される条件である痛覚を残されたままであるために、箱詰めの肉塊となりながら呪いの苦痛を受ける。痛みを受けた彼らは、発声器官の除去を受けているため、痛みに叫ぶことすらできない。彼らの苦痛・無念さを伴った、無音で悲痛な叫びは、カートリッジから勢いよく血液を流出させる生理現象から読み取るしかない。

 映画では、彼の娘プルシュカが新たに登場する。ボンドルドは彼女をも利用する。ナナチとミーティの実験から、二人に強い絆があれば、呪いを回避した側の人間は、アビスからの祝福を得られると気づく。そのことを利用して、娘のように大切に育ててきたプルシュカをいとも簡単に、レグとの最終決戦で、カートリッジとして使い捨てている。ボンドルドを慕うプルシュカの思いを利用することで、ボンドルドはアビスから祝福を受け、獣化を遂げる。

 また、彼自身の狂った来歴も明かされる。白笛の材料は、白笛保持者にその身を投げ出せる人物の骨である。ボンドルドも白笛のランクを持っているから、当然に白笛を所持している。彼の白笛の材料は、彼自身の骨である。彼は、特級遺物のゾアホリックを使用し、自分の意識をアンブラハンズに埋め込み、精神の不死を達成する。精神とは異なり、彼の肉体は白笛生成時に消失している。自身の生命、肉体すらも興味もなく、他人の生命・肉体にも興味がない。その価値観が、上の実験に繋がっていく。

 以上、テレビアニメ一期から映画までで、ボンドルドが行った非道行為を列挙した。一期からレグ及び視聴者の非難を集めて、映画で三人と直接対決するが、映画では、勧善懲悪の図式的な終結には至らない。映画でボンドルドを倒し、深層六層へと向かうことができたので、三人は一応の目的(仇討ち・冒険の継続)を達成しているが、視聴者(そして三人)にとって物語の終幕として何か腑に落ちない(すっきりしない)。何がその要因かを突き止めたい。

 

純粋な憧れ

紹介した行いの行動原理を暴く →飽くなきアビスへの探求心を引き出す

 上記の問いに一番に思いつく解答は、ボンドルドの精神を移植しているゾアホリックを破壊できていないため、ボンドルドがまだ生きているから、というものだ。もちろん悪と認識した者が倒されるのは、気持ちがよいし、逆もまたしかりである。勧善懲悪は見る者の心を自然と揺さぶる。

 だが、もう少しボンドルドの行動原理を深堀りして、ボンドルドが倒されないストーリー上の設定に留まらない後味の悪さを描き出したい。

 まずもって、ボンドルドに対して、サイコパスと理解するのが手っ取り早いだろう。自分自身だけでなく、他者の命さえも何とも思わない良心の欠如、そこから他人への共感が薄く、罪悪感もない。

 彼の見掛け上の行為からサイコパスのレッテル貼り、彼のパーソナリティを推論する。そして、彼の生得的なパーソナリティが非道な行為の原動力となっていると結論づけることには、一理ある。だが、サイコパスの一般論からボンドルドを理解するのは、早計である。もう少し『メイドインアビス』の世界に即して、彼の行動原理を追うと、分かってくるものがある。

 ボンドルドが「ろくでなし」であることは、確かに深層二層でオーゼンから聞いているが、他にボンドルドの話が進められることはない。ボンドルドの過去に触れることもなく、彼の言動から分かるのは、彼を非道行為に赴かせるのは、アビスへの憧れ・探求心にあることだ。

 アビスの呪いを解明することに、狂気と見紛うほどに心血を注ぎ、呪いと同時に祝福を与えるアビスに信仰心に似た感情を持っている。その点で、ボンドルドは他の探窟家と同様に、アビスへの憧れの点で、共通している。結局のところ、アビスへの憧れを燃料に、目的のためなら手段を選ばないマキャベリズムの精神で、無慈悲な実験を行っていたと解釈できる。

 彼のサイコスパス的行動の大元には、アビスへの狂信が横たわっている。彼は、探窟家たちに、厄災をもたらす呪いを振りまき、同時に恵みをなす祝福を授けるアビスに支配されている。今回の思惑は三人によって止められたが、彼の憧れもまた誰にも止められない。

 

探窟家=ろくでなしの方程式

探求心:探窟家に共通、探窟家も総じてろくでなし(人間から外れる)になっていかざるを得ない

 さて、上記で、ボンドルドを単にサイコパスと解釈するのではなく、『メイドインアビス』に即した形で、無慈悲な手段を取り続ける、彼の至上の目的を取り出した。彼のマキャベリズムでは、史上目的が国家ではなく、アビスに置き換えられる。それはアビスへの狂信的な信仰、『メイドインアビス』の探窟家の用語に翻訳すると、アビスへの憧れと言える。

 このように解釈するから、ボンドルドのみが異常者であるだけではないことが分かる。アビスへの憧れを止められない他の探窟家も、程度の差はあれ狂っている。もちろんボンドルドと他の探窟家では、断絶と言っていいほどに大きな乖離がある。しかし、彼らは等しくアビスへの憧れを他の何事よりも優先する点で、地上で生活する人間たちとは一線を画する。

 探窟家は人の形をしており、明白に人ではあるが、同様に等しく「ろくでなし」なのである*2。まともでない者「ろくでなし」が人の姿を失ったとき、まともでない物「成れ果て」になると、読み取ることができる。翼を焼かれたイカロスが、翼をもつ天使のような姿から翼を焼かれて、ただの人間に墜落したのと同様に、地底の謎に挑む探窟家は、余りに深層に近づきすぎると、人間から「獣」*3(=成れ果て)に姿を変える。

 また、憧れを優先する態度のみに限らず、アビスと対峙することそのものが、彼らを地上の人からは逸脱した人物へと仕立て上げる。アビス内に常に存在する呪いに怯えながら、獰猛で狡猾な原生生物に常に気を張っていなければならない。アビス内に居続けることそのものが、危険と隣り合わせであり、探窟家に非常な注意・猜疑を魂にまで刻み込む。その点で、彼らは地上の人間から遠い存在になっている。

アビスの中では、ニーチェのあまりにも有名な警句も役立たない*4。「怪物と戦う者」は怪物と戦っている間のみ、用心すればよいが、アビスではアビスに存在することそのものがアビスとの戦いとなる。つまりは、警句を借りるなら、「アビスと戦う者は、自分もそのためにアビスの一部となることに了承しなければならない」。原文の許可言明が義務言明へと反転する。忠告は、覚悟の宣言となる。探窟家とは、超人的に巨大なアビスへの憧れを持ちながら、アビスに染まってしまうことへの覚悟も含んだ、希望と絶望の両義的な存在なのかもしれない。

 以上から、映画での腑に落ちなさの要因が推測できる。

 ボンドルドはれっきとした悪人である。しかし、それだけではなく、他の探窟家と憧れを共有する探窟家である。彼は、弱者である孤児を侮辱することもなく、敵対する三人に悪態をつくこともない。むしろ感謝を伝えているくらいだ。彼には、良心も共感も欠けているが、悪意すら欠けている。このことから感情的にボンドルドを非難することを躊躇させる。そして、彼の行動原理を探窟家たちが共有している。この二つの要因から、余りにも分かりやすい敵キャラであるにも関わらず、簡単には非難しきれない、そういった腑に落ちなさが発生している。

 

 

 以上で、『メイドインアビス』のテレビアニメと映画から、『メイドインアビス』の特徴と焦点を狭めて、「筋金入りのろくでなし」ボンドルドについて見てきた。ボンドルドの異常さをもってしても彼らの冒険は止められなかった。映画で深層六層へのラストダイブを果たした三人。テレビアニメ二期でも、彼らの憧れも冒険もまだまだ止まらない。

*1: メイドインアビス - Wikipedia

*2:この点ボンドルドに対する三人の態度の違いが興味深い。ナナチはミーティの仇であるものの、ボンドルドから丁重に扱われていたこと、アビスに来る前の掃きだめから解放してくれたことより、ただ憎悪だけを持っているだけではない。リコも直接的にボンドルドに対して、憎悪を剥き出しにすることはない。それどころか、ボンドルドが自身の身体を白笛の素材にするロマンは共有している(が、理解はしていない)。二人と対照的なのは、レグである。彼がボンドルドへの剥き出しの敵意・憎悪を向ける。もちろんこの違いは、ナナチとは違い、レグはボンドルドの良い点を見ていない、リコとは違い、ミーティとの関わりが長かったという説明もできる。しかし、この文脈で重要なのは、リコとナナチはアビスへの憧れを持って冒険に挑むが、レグは持ち合わせていないことだ。ボンドルド・ナナチ・リコは、止められないアビスへの憧れを共有している。

*3:念のため断っておくと、「獣」=動物ではない。地上世界の人間からは隔絶した、まともでない物を表す言葉として「獣」という表現を使用している。

*4:ニーチェ 訳木場深定  『善悪の彼岸岩波文庫 1970年 120頁