【アニメ考察】建築士が創る国(交)―『金の国 水の国』

©2023「金の国 水の国」製作委員会

 

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●原作
岩本ナオ金の国 水の国』(小学館フラワーコミックスαスペシャル刊)

●スタッフ
監督・絵コンテ・演出:渡邉こと乃/脚本:坪田文/音楽:Evan Call/キャラクターデザイン:高橋瑞香/美術設定:矢内京子/美術監督:清水友幸/色彩設計:田中花奈実/撮影監督:尾形拓哉/3DCG監督:田中康隆・板井義隆/特殊効果ディレクター:谷口久美子/編集:木村佳史子/音楽プロデューサー:千陽崇之・鈴木優花/音響監督:清水洋史/アニメーションスーパーバイザー:増原光幸/アニメーションプロデューサー:服部優太/製作:沢桂一・沢辺伸政・池田宏之・宮本典博/エグゼクティブプロデューサー:飯沼伸之/プロデューサー:谷生俊美/アソシエイトプロデューサー:小布施顕介

アニメーション制作:マッドハウス/配給:ワーナー・ブラザース映画/製作:「金の国 水の国」製作委員会

●キャラクター&キャスト
ナランバヤル:賀来賢人/サーラ:浜辺美波/サラディーン:神谷浩史/ライララ:沢城みゆき/ジャウハラ:木村昴/レオポルディーネ:戸田恵子/ピリパッパ:茶風林/オドゥニ・オルドゥ:てらそままさき/ラスタバン三世:銀河万丈

公式サイト:映画『金の国 水の国』オフィシャル | 絶賛公開中! (warnerbros.co.jp)
公式Twitter映画『金の国 水の国』公式 (@kinmizu_movie) / Twitter

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 本作は何度もマンガ賞を受賞する人気作、岩本ナオの同名マンガを初めて劇場アニメーション化した作品である。監督には、2012年に『BTOOOM!』に抜擢されて以来、二度目の監督となる渡邉こと乃。アニメーション制作は、マッドハウスが担当する。

 隣り合う隣国が、いがみ合う長い歴史の語りから始まる。二国には、数千年前に定められた、取り決めがあった。一方の国、富が豊かな国であるアルハミトは、国で一番美しい女性を相手国に花嫁として送り、他方の国、水が豊かな国であるバイカリは、国で一番賢い男性を相手国に花婿として送る、という取り決めである。両国が、取り決めを忠実に遂行せず、アルハミトは子猫、バイカリは子犬を送ったことから、主人公たち(ナランバヤル・サーラ)は出会い、二人の物語が進んでいく。建築士であるナランバヤルは、アルハミトの水不足の深刻な現状を知り、水を求めてアルハミトとバイカリの間に争いが起きぬように、二国間で国交を結び、バイカリからアルハミトへ水路を引くため、奮闘する。

 二つの国を象徴する、水が溢れ木々が生い茂る自然・堅牢な建物が並ぶ活況な街並みや周囲を囲む厳しい砂漠の地・あばら家が広がる貧しい村が、緻密な背景で映像に描き起こされる。背景に描かれるように、所与として二国のビジュアルイメージが広がるため、映画の始まりとともにこの世界観へ入り込んだ観客も、両国の登場人物たち同様に、両国の現状を、所与として受け止められる。世界観を簡潔に伝え、アルハミトに広がる建築物、バイカリ族長の城の壮観な美を表す背景は、本作の目玉の一つと言えるだろう。

 背景が表す両国の状態は、所与から外れた隣の芝生を青く見せる。当たり前にある自国の現状と隣の芝生を望んでしまう人間心理こそが、本作で食い止められる戦争の火種となっている。

 背景を通して、観客は本編が始まると同時に、二国がいがみ合う世界へ、引き込まれる。引き込まれた先で、本作はどのような世界を見せてくれるのか。以下では、本作で印象的な橋が舞台の二シーンを取り上げる。そして、国を支える政治・建築・暗殺者について、言及する。さらに、「この国」から離れて、このアニメーションを支えるライララ・動物たちについても、簡単に触れる。

 

二つの橋

 印象的なシーンから始めたい。橋が印象的な二つのシーンである。一つが、物語中盤に、バイカリの地の石橋で、ナランバヤルとサーラがすれ違いを起こしてしまうシーンである。このシーンでは、石材が組まれ、造られた石橋が、緻密に描かれる。さらに、それまで離れ離れになっていた二人を劇的に引き合わせ、かつ突き放すこのシーンを、壮麗な月が存在感を示し、月明りが二人を眩く照ら出している。もう一つのシーンは、物語の終盤、王家専用通路で、ナランバヤル・サーラと彼女の父で国王のラスタバン三世が対峙するシーンである。代々受け継がれてきた通路であって、年季が入り今にも崩れ出しそうな造りが、剣を携えたラスタバン三世との対峙シーンに緊張感を付け加える。ここでは、サーラとの関係性では、すれ違いを経た二人がお互いへの思いを伝え結ばれ、ラスタバン三世との関係では、彼の名前の由来をきっかけに、ナランバヤルがラスタバン三世に、バイカリとの開戦をやめさせ、国交を結ばせるよう説得する。サーラとの恋愛、国交を開く役割を成し遂げる大切なシーンである。また、このシーンでは、前のシーンが月明りがナランバヤルとサーラを優しく照らし出したのに対して、茜色の夕日が彼ら三人を包みこむ。

 両者のシーンで共通するのは、物語上重要なシーンであり、そのシーン自体に美しさが宿っている点ももちろんある。だが、ここで注目したいのは、両シーンの舞台となる橋という建築物である。人が住んでいる場所であれば、人工物たる建築物があるのは当然であり、それゆえ物語的な前提という意味で、当たり前の所与と言える。思えば、アルハミトの国王の開戦を防ぎ、バイカリからアルハミトへ水路を引くプロジェクトを主導するのは、ナランバヤルであり、彼は建築士であった。したがって、本作を受けて建築について思考することは、ナランバヤル、本作そのものを思考することに繋がると思われる。

 

国の未来を創る者たち

表の政治家

 建築を作る土地を治めるのは、国王・族長や政治家たちである。彼らは国を思ってか思わずかどちらにせよ、自国がどのような方向に進むか決断する。本作では、私利私欲のために、自国を支配する二人の思惑とは大幅に外れ、一介の建築士を中心にして、両国の国交樹立へと導かれる。本作において、開戦か開国かという極めて政治的なテーマを一つの主軸に置いているにしては、政治の側面が弱い。というよりも、政治の側面は、ご都合主義的で滑稽に描き出されている。自らの名声のために、開戦を打ち出すラスタバン三世、自らの欲のために、国を支配し開戦を望むバイカリ族長のオドゥニ。ラスタバン三世は自身の名前について、ナランバヤルに説き伏せられるだけで、オドゥニに至っては、最後にアルハミトの文明を見て、意気消沈し、しぶしぶ国交を結ぶことになる。二人の為政者は、国のためという大義によって決断するわけではない。ナランバヤルも何らかの政治的な大義に基づいて、ラスタバン三世を説得するわけではない。それゆえに、国交を開くことに対して、社会全体を統合し、社会の意志を決定する「政治」そのものが重要ごとになっているわけではない。

 それでは、本作では国交を開くことに関して、何が重要ごととなっているのか。国交を開く決定を行い、社会に宣言するのは、表舞台にある「政治」の世界である。しかし、本作で活躍ぶりの華々しいのは、ナランバヤルたち裏方の人間とさらに裏の世界を生きるライララたちである。

 

裏方の建築士

 国の表舞台で、国交を樹立したのは、国王・政治家たちだが、彼らの決断を支えたのは、表舞台には立たない建築士である。その建築士こそが、本作の主人公ナランバヤルだ。彼であり、建築こそが、本作のメインの一つに据えられている。

 国を支えるのは、何も政治だけではない。厳しい自然の中に、人々の暮らす空間を生み出し、国内に居住地を成立させることも必要である。アルハミトは周囲を砂漠に囲まれた過酷な環境に置かれている。しかし、自然の猛威を感じさせないほどに、国内は活気に満ち、数々の家々が立ち並ぶ。逆に、バイカリは、オドゥニに豪奢趣味と国の貧しさも相まって、オドゥニの派手な城と豊かな自然に申し訳程度の村が広がっている。

 これも、建築士の仕事あってのことである。しかも、アルハミトの建築士が語る言葉では、アルハミトの地は、今現在という近視眼的な繁栄を投影したものではなく、国の未来を見据えて、国全体の建築がなされている。政治が国の行く末を案じ決断するように、建築士も国の行く末を想像し、人々の住まい・暮らしの空間を未来に向かって生み出している。彼らも、国の物理的な姿という観点で、国の未来を形作っている。

 本作では、建築士によって、国交を樹立に導かれる。だが、ナランバヤルが国王を、理や義をもって説得したのではなく、サラディーンや国王、そして実際に作業する建築士や知識階級を納得させるに足る妙案を用意したからである。それこそ、バイカリから水路を引くという案であり、その案に実効性を持たせるのが、建築士の役割である。建築士は国の姿を作りだし、さらには二国間の国交さえも、新たに創造してみせる。しかし、国を支える者は、もう一人登場人物として登場する。

 

裏方の暗殺者

 国を支えるもう一人の人物は、ライララである。目だけを出した黒いマント被り、神出鬼没で、どこにでも現れるその特異さは、この作品きっての、いわゆる「アニメ」的な登場人物と言える。しかし、キャラ付の一環だけのために、特異な存在を演じているわけではない。彼女は、反戦派の第一王女であるレオポルディーネ直属の暗殺者である。暗殺者であるがゆえに、目立たない黒装束に身を纏い、日中の影、闇夜に紛れ、必要とあれば、突然に登場する。

 彼女もまた、表舞台、政治の舞台の決断を、文字通り影に潜み、影で支えている。彼女が表舞台に立つことは、ありえない。主人の意に背く者がいないか暗に情報収集し、命令があれば、政敵を影で抹殺する。建築士とは全く異なった仕方、つまり政敵を排除することで、国の未来を形作っていると言える。

 

アニメらしさを創る者たち

 暗殺者の存在は、肯定的にも否定的にも描かれない。一つの事実として提示される。劇中には、一点、ピリパッパ配下の家族を人質にするという卑劣な手段を講じるが、ライララが本業たる暗殺を実行するシーンは存在しない。

 ライララの存在は特異であると言及したが、暗殺の実行シーンはないにせよ、劇薬のようにアルハミトに作用する。そのような彼女は、国だけではなく、この作品自体をも支える。前述したように、真黒の装束を纏い、布を被った典型的な幽霊のように、過度にデフォルメされた形態を持つ。さらに、彼女は城内で、ナランバヤル・サーラがピリパッパの兵に追われている際、囮になるために、自分が身に着けている黒装束の上から、サーラの羽織を羽織って逃げ回る。彼女にスポットを当てることなく、追手・観客の意識をサーラの装束に向けさせ、裏方性を保ちながら、暗殺者の彼女にいとも簡単に焦点を合わせる。

 また、彼女の行動には、アニメ的なコミカルさが含まれている。前述した神出鬼没の登場方法や彼女がマンガ的な丸い爆弾を置き去るように投げる姿は、アニメーションの魅力を体現している。

 彼女以外にもアニメーションを体現しているのは、動物たちである。公式サイトにもあるように*1、動物たちの自然な動きがアニメートされている。アルハミト・バイカリがお互いに送り合った、子犬(ルクマン)と子猫(オドンチメグ)である。マッドハウスのアニメーターによって、息を吹き込まれた二匹は、愛らしさの魅力とともに、動物らしい動きにより、『金の国 水の国』に確かなリアリティを付与する。

 物語だけを取れば、実写でも…と頭をよぎる本作に、ライララ、動物たちの描写は、アニメーションを見る楽しみを付加し、この作品を支えている。

 

 

 建築は、未来を見据えている。今現在の人が住み、今後未来にもその建築に人が営みを続けている。根から国を支える、建築という人間業は、ときに国の未来の姿を作る政治の役割と重なってくる部分があるのかもしれない。