【アニメ考察】コンシェルジュさんと進化する北極百貨店―『北極百貨店のコンシェルジュさん』

©2023西村ツチカ/小学館/「北極百貨店のコンシェルジュさん」製作委員会

 

  youtu.be●原作
西村ツチカ『北極百貨店のコンシェルジュさん』(小学館ビッグコミックススペシャル」刊)

●スタッフ
監督:板津匡覧/脚本:大島里美/キャラクターデザイン・作画監督:森田千誉/コンセプトカラーデザイン:広瀬いづみ美術監督:立田一郎(スタジオ風雅)/動画検査:野上麻衣子/撮影監督:田中宏侍/編集:植松淳一/音響監督:菊田浩巳/音楽:tofubeats

制作会社:Production I.G

●キャラクター&キャスト
秋乃:川井田夏海/エルル:大塚剛央/東堂:飛田展男/森:潘めぐみ/岩瀬:藤原夏海/丸木:吉富英治/給仕長:福山潤/トキワ:中村悠一/ワライフクロウ夫:立川談春/ワライフクロウ妻:島本須美/ウミベミンク娘:寿美菜子/ウミベミンク父:家中宏クジャク:七海ひろき/クジャク彼女:花乃まりあ/二ホンオオカミ:入野自由/二ホンオオカミ彼女:花澤香菜/バーバリライオン:村瀬歩/バーバリライオン彼女:陶山恵実里/カリブモンクアザラシ:氷上恭子/ゴクラクインコ:清水理沙/ネコ:諸星すみれ/ウーリー:津田健次郎

公式サイト:映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』公式サイト | 2023年秋公開 (hokkyoku-dept.com)
公式X(Twitter):映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』【公式】大ヒット上映中 (@HOKKYOKU_Dept) / X (twitter.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 数々の店舗が立ち並び、きらびやかな空間が広がる。そこが、本作の舞台となる「北極百貨店」であり、たくさんのお客様が、買い物を楽しんでいる。新人コンシェルジュの秋乃は、「北極百貨店」で勤務し始める。しかし、その百貨店は普通の百貨店ではなく、動物のお客様を相手にした百貨店だった。動物のお客様を相手に、ときに百貨店を駆け回り、ときに粗相で頭を下げたりしながら、お客様の要望・笑顔のために、コンシェルジュさんが奮闘していくお仕事物語である。

 本作の中で、お客様の動物は、動物らしさを残しながらも、擬人化されて登場する。多くの動物たちは二足歩行し、空いた前足(手)で、商品を器用に持っては吟味して、ショッピングを楽しむ。お客様が動物の擬人化で、百貨店のサービスを支えるのは人間という設定だけ聞くと、風刺に思える。もちろん、動物を用いた人間の風刺の側面もあり、そうした風刺の妙味も楽しめるが、本作の楽しみ方はそれだけではない。

 例えば、冒頭に幼い頃の秋乃が登場する。彼女は、「北極百貨店」のフロアで、他のお客様にぶつかりそうになり、とっさのことで回避する。その拍子に、今度は反対側のお客様にぶつかりそうになる。彼女の意図に反して、ステップを踏み左右に揺れ、ダンスを踊るように、回避行動が連鎖させながら、お客様を避けてずんずん進んでいってしまう。彼女の意図せざる進行は、彼女がフロアにつまずいて停止する。そのとき、彼女はコンシェルジュさんと出会い、その憧れを胸に、「北極百貨店」へ本作の幕開けと共に勤め始める。

 そこでの、秋乃の動きのように、音楽に合わせて、動き出すアニメーション的な楽しみは随所に見られる。こうしたアニメーション的な楽しみも本作の魅力だが、本ブログでは、前述した風刺の部分に関わる点で、本作を掘り下げてみたい。その際、風刺という観点とコンシェルジュの振る舞い、特に主人公の秋乃の振る舞いに着目していく。

 

百貨店の欲望風刺

 来店したお客様の要望に応える、それがコンシェルジュの仕事である。秋乃は失敗しながら、お客様へサービスを提供していく。彼女が向かうのは、取引先の社長夫婦(ワライフクロウ)にうまく贈答したいフェレット、お互いにプレゼントを贈りたいが何を送ればよいか困っているウミベミンクの親子、彼女へのプロポーズに自信が持てないニホンオオカミ、しおりの残り香を頼りに香水を探すバーバリライオン、段階的にクレーマーになってしまうカリブモンクアザラシ、病気がちな娘にワンコインでプレゼントを買いたいゴクラクインコ、など多種に渡る動物で、多様な事情を抱えたお客様たちである。それぞれの事情に合わせて、秋乃は必死に応対していく。

 現在までの歴史の大局からすれば、動物に人間が仕える(サービス)する関係性は、逆転しているように見える。様々な目的により、歴史的に迫害されてきた動物たちが、ここではサービスを受ける側になっており、人間はサービスを提供する側となっている。関係性が逆転する形で、風刺が描かれる。そして、そのことは、「北極百貨店」のオーナーのエルル(オオウミガラス)が語った、「北極百貨店」創立の歴史に結び付く。人類が動物を絶滅に追い込んだ歴史から、「北極百貨店」は、そうした絶滅種を中心に、動物たちをもてなすために創立された。そこでは、動物を虐げてきて人間は、サービスを提供する側として百貨店で労働に従事している。狩る側・虐げる側だった人間たちのように、動物たちに、思いのまま欲望のまま楽しんでもらうというのが、「北極百貨店」創立のコンセプトだったのだ。

 しかし、「北極百貨店」の三代目オーナーであるエルルがフロアマネージャーの東堂に向け語ったのは、過去のコンセプトに縛られた「北極百貨店」から新しい「北極百貨店」へと進化すべきだとの考えだった。そこに現れ、彼の意見を後押しするようにふるまうのが、新人コンシェルジュの秋乃である。「彼女のどこにその契機があったのか?」、コンシェルジュの仕事に立ち返ってみていきたい。

 

コンシェルジュさんの新人と先輩

バタバタと俊敏

 コンシェルジュたちは、物腰柔らかで、洗練されたふるまいでお客様を迎える。主人公の秋乃は子どもの頃に、「北極百貨店」で助けてくれたコンシェルジュさんに憧れて、コンシェルジュになる。彼女を温かく迎えた森・岩瀬の先輩二人は、早々にお客様の要望を聞き出して、てきぱきと要望に応える。

 だが、新人の彼女は粗相を繰り返し、うまくお客様に応対することができない。先輩が見せる洗礼された動きとは打って変わって、彼女には落ち着きのない素早い動きが目に留まる。オーナーと知らずに、踏みつけたエルルに対して、飛び上がり膝をついて謝ったり、粗相の際に高速で何度も頭を下げたり、お客様を踊るように避け、お客様の要望のために、フロアを駆け回ったり、と忙しなく動き回っている。

 とはいえ、俊敏に動くのは、秋乃だけではない。森・岩瀬の先輩二人は、秋乃と違った仕方で、「速さ・早さ」を見せる。お客様のために動く先輩の洗練された俊敏さは、秋乃が先輩の森・岩瀬と挨拶を交わしたシーンでコミカルに描かれる。挨拶を済ませ、彼女は二人に手を差し出す。が、差し出した先に二人はすでにおらず、二人は個別にお客様の方へ向かっている。彼女たちの俊敏さは、その「速さ・早さ」が描かれないことで描かれる。秋乃が気付いていないお客様に二人は早く気づき、二人は速く向かうが、二人が向かったことに秋乃は気づいていなかった。二人の俊敏さが、ただ行動が速いというだけでなく、周りをよく見ていて、かつ判断が早い点で、俊敏であることが、画面にあえて描かれないことで、描かれていた。

 落ち着いた雰囲気、それを作り出している先輩たちの動きに対して、彼女は新しい風を吹き込む。ただそれはお客様のことをよく見られず、何を求めているかわからずに、失敗や焦りから生じていた。彼女は、東堂から「お客様の目線の高さに立つ」というアドバイスを聞いて、徐々にお客様へうまく応対していく。

 

目を見ると変わる画面

 彼女はじっとお客様の目に注目する。彼女が応対するのは、彼女よりも小さく低い動物たちである。お客様の目に注目するとき、彼女はしゃがんで、自然とお客様との距離が縮まる。そのおかげで、困っているお客様を発見し、何に困っているかをうまく聞きだすところまで、踏み出すことができた。

 このときのお客様の目に注目する動作は、彼女と動物たちの関係性を大きく変える。もちろん、「うまく応対できるようになった」というコンシェルジュとお客様の関係性もそうだが、もっとシンプルに、画面に映る大きさが変わる。彼女は自分よりも小さなお客様の目を見ようと、ぐっと近づく。そのことで、ワライフクロウの社長にたしなめられることもあった。このときおもしろいのが、引きの絵では人と変わらない大きさの動物たち、動物たちのみのショットでは小ささが強調されなかった動物たちが、彼女の接近、もっと言えば、彼女がお客様に寄り添うと、彼女に比して、動物たちが小さく見えることだ。逆に、彼女はイメージよりも大きく見える。

 「大きさ」の観点では、彫刻家ウーリーの制作に、妻の言葉が関係している、という挿話が入る。彼女は、小動物の寿命が短いことを嘆いて、すべての動物が同じ大きさだったらいいのに、とウーリーに語っていた。その言葉がきっかけで、ウーリーの作品では、実際の大きさにかかわらず、動物たちは同じ大きさで造形されている。こういった話が本編で、挿話として展開される。

 この「大きさ」を一つの手がかりに、風刺と秋乃の先ほどの振る舞いを読み解きたい。

 

擬人化の風刺と新たな擬人化

 「北極百貨店」のコンセプトやウーリーの妻の思いは、その根本には動物たちへの気遣いがある。起こりが善意だったことでも、時間の流れとともに、ただ、その考えにアップデートされなければならないときがやってきた。そのことをいち早く察知していたのが、オーナーのエルルだった。ときを同じくして、「北極百貨店」に秋乃がやってくる。擬人化・寿命の風刺から、コンシェルジュの新人は、その風刺に風穴を開ける。

 彼女が画面の変化を生んだ接近は、彼女にお客様の気持ちを気づかせ、彼女が駆けだすきっかけになっていた。それぞれのお客様の気持ちに応じて、お客様に寄り添ったサービスを提供することは、コンシェルジュの理想だろう。しかし、かつて動物を狩る側だった「人間のように」、買い物を楽しんでもらう、という「北極百貨店」創立のコンセプトは、動物たちをみな人間的な欲望を持って「北極百貨店」を訪れるとみなす点で、それぞれのお客様の気持ちに寄り添うコンシェルジュの理想から少し離れている。

 人間と動物は異なるし、「北極百貨店」を訪れる動物たちは、だれしもが「人間のように」楽しむことを目的としてないし、画一的な欲望を持っているわけでもない。それぞれの動物なりの動機や理由、あるいは楽しみ方があって、百貨店に来店している。そのことを透かして見せるのは、コンシェルジュの在り方をまだ理解していない新人コンシェルジュの秋乃であり、彼女がお客様の目を見て「お客様が何を求めているか」を考えることを通じてである。

 また、大きさの話もそうである。彼女が動物たちに寄り添おうとしたとき、明示的に大きさの違いが生まれることは前述した。このことは、動物と人間の間にある違いを表現するようでいて、しかし、それこそが新しい「北極百貨店」の在り方を示すものであり、秋乃が見せてくれたコンシェルジュの姿勢なのである。

 そうして、「動物たちが人間のように楽しめるようもてなす」というコンセプトを掲げてきた「北極百貨店」は新たな地点を目指す。本作は動物を擬人化しながらも、個性豊かな動物の描写や「北極百貨店」創立の歴史などによって、その画一的な擬人化が解体させられる。その主たる解体者は、まだ新人のコンシェルジュ、秋乃がお客様に寄り添うところにあった。

 しかし、擬人化は完全に解体されるわけではない。「北極百貨店」で「人間のように」楽しむ動物像に代表される、人間に似せた画一的な動物像は破棄される。だが、そうは言っても、二足歩行で、人語を解する動物は擬人化以外の何ものでもない。お客様に近づき、目を見る秋乃も、お客様の事情を理解することでしか、お客様のために駆け出すことができなかった。それ以前の彼女は右往左往するばかりだった。そのため、彼女はお客様の事情という人間に理解可能な物語を読み取り、お客様に応対している。

 そういう意味で、本作では擬人化の檻から脱することができない。しかし、そのことは消極的な意味を持つわけではない。動物であるお客様を動物としてただ根拠なく動物として尊重するのではなく、秋乃が理解可能なお客様の事情を、お客様の目を見て読み取ることで、お客様を尊重する。動物たちをある背景を持ったものとして、そのことを目の前の動物たちの目を見ることで、理解すること。これこそが、秋乃が体現していた、コンシェルジュの応対であった。

 

終わりに

 本作では、様々な目が出てくる。お客様である動物たちの種々の目、コンシェルジュたちの描き分けられた目、たびたびクローズアップされたエルルの目。その目を見ることは、各お客様を理解する上で重要だと本作で言及されていたし、先ほどのところで、目を見ることが、動物たちの事情を読み取る有効な手段だと指摘した。私たちは、その目をどのように見たのか。そして、お客様の目を見る秋乃が、画面に大きく映る印象的なショットについても、言及した。目の前のお客様の目を見て、お客様の事情を理解しようとしている、秋乃の目を私たちはどのように見たのか。画面ゆえに反射しない、登場人物たちの目に、私たちの見方が問われている。