【アニメ感想】懐かしんで新たに問う―『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』

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●スタッフ
監督:塩谷直義/構成:冲方丁/脚本:深見真冲方丁/キャラクター原案:天野明/キャラクターデザイン・総作画監督恩田尚之色彩設計:鈴木麻希子/美術監督:草森秀一/3DCGI:GEMBA/撮影監督:荒井栄児/編集:村上義典/ベースド・ストーリー原案:虚淵玄/音楽:菅野祐悟/音響監督:岩浪美和

アニメーション制作:Production I.G/制作:サイコパス製作委員会/配給:東宝映像事業部

●キャラクター&キャスト
常守朱花澤香菜狡噛慎也関智一宜野座伸元:野島健児/六合塚弥生:伊藤静/唐之杜志恩:沢城みゆき/霜月美佳:佐倉綾音/雛河翔:櫻井孝宏/須郷徹平:東地宏樹/花城フレデリカ:本田貴子/雑賀譲二:山路和弘/ドミネーター:日髙のり子/慎導灼:梶裕貴/炯・ミハイル・イグナトフ:中村悠⼀/舞⼦・マイヤ・ストロンスカヤ:清⽔理沙/甲斐・ミハイロフ:加瀬康之/慎導篤志:菅⽣隆之/砺波告善:大塚明夫

公式サイト:アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ公式サイト
公式TwitterPSYCHO-PASS サイコパス 公式 (@psychopass_tv) / Twitter

 

 

※この感想は『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』、および一部テレビアニメ一期(『PSYCHO-PASS サイコパス 』)の内容を含みます。

 

 

概要

 三年ぶりに新作劇場版として、『PSYCHO-PASS』シリーズが帰ってきた。2012年にシリーズがスタートし、テレビアニメ三期、劇場版四本に加えて、マンガ・小説でスピンオフが発売され、そして本作が公開されるなど、十年経ってなお、その人気は衰えることを知らない。かくいう筆者も、当時から十年経っているとはいえ、勢いは小さくなりながらも、その熱は確かに残っていた。また、テレビアニメ一期の主人公、常守朱狡噛慎也が今回の劇場版に据えられている、と知って歓喜したテレビアニメ一期ファンの方も多かったことだろう。

 とはいえ、本作には『PSYCHO-PASS』シリーズのファン、もっと言えばテレビアニメ一期のファンだけしか楽しめない作品には陥っていない。本作の構成・脚本を担当する冲方丁が言うように、本作は「原点回帰とスケールアップ」*1だった。それゆえ、「原点」を愛するテレビアニメ一期のファンのみならず、「原点回帰とスケールアップ」の点で、『PSYCHO-PASS』シリーズのいずれかの作品を愛する者、あるいはもっと広くSFファン・アニメファンにも楽しめる作品に仕上がっている。ここでは、本作の内容を感想の形で、記していきたい。

 

 本作は、テレビアニメ一期の「原点回帰とスケールアップ」と言いつつも、時系列的には、『PSYCHO-PASS サイコパス Sinners of the System Case.3 恩讐の彼方に__』と『PSYCHO-PASS サイコパス 3』のエピソードとなる。二作品をつなぐエピソードのあらすじは以下のようである。

 常守たち公安局刑事課一係は、海外からの入国船での民間人襲撃事件をきっかけに、かつて外務省で組織された軍隊を中心とする反乱軍との陰謀に巻き込まれていく。そこで、国内の治安維持を担当する公安局所属の常守と『恩讐の彼方に__』で帰国を果たした外務省所属の狡噛は再会する。彼らは、公安局と外務省の立場は違えど、かつてのように反乱軍のキーマン砺波告善を追っていく。

 以上のような、作品となっている。ここではポイントを三つに絞って、『PSYCHO-PASS』シリーズファンの感想として書いていく。一つ目は、「原点回帰とスケールアップ」の主に「スケールアップ」に当たる、アクション・背景・音楽についてである。あと二つは「原点回帰とスケールアップ」の「原点回帰」にかかわる。二つ目にテレビアニメ一期を過ぎて、久方ぶりにまともな対面を果たした常守と狡噛についてである。三つ目に、本作の根幹に関わる常守が出した問いについてである。

 

アクション・街並み・音楽

 テレビアニメ一期では、万能のシステムであるシビュラシステムの管理下で、シビュラシステムが提供するドミネーターを保持しながらも、昔ながらの泥臭い刑事の在り方を模索する刑事課一係の面々が描かれていた。そのため、ストーリーラインの規模、それに伴うアクションや背景・作画も、派手なものというよりも、刑事の在り方を誇示する個人や足で稼ぎ犯人の思考を読み真相に迫る地道な捜査が基本となり、その過程でドミネーターの制圧力、各個人の身体能力を生かしたアクションが見られた。

 それに対して、本作で「スケールアップ」した派手なアクションは、GW明けの五月病を吹き飛ばす爽快感を持つ。冒頭の輸送船襲撃事件やタワーでの銃撃戦、公安局が択捉島に攻め込むシーンは、テレビアニメ二期以降の『PSYCHO-PASS』シリーズを象徴するような、派手なアクションシーンを構成する。大規模な爆発やシビュラシステムの体制下で躊躇なく放たれる銃には、それだけで解放感を味わうことができる。また、択捉島への作戦時は、須郷の操縦する戦闘機が登場し、本作中振るわなかったドミネーターが本領を発揮する。

 ドミネーターなどのSF的ツールや戦闘機などの国防軍兵器は、壮大なアクションを可能にし、それにより力強い快感をもたらしてくれる。「スケールアップ」の側面だけでなく、アクションに関して「原点回帰」の側面でもよさがある。それは、手から銃を離れた後の近接格闘にある。近接格闘は派手なことはない。両社は相手に反撃のすきを与えないようにしつつ、公安局が犯人を戦闘不能に追い込むことで確保を目指し、逆に犯人は確保を免れるために相手を戦闘不能状態に持ち込もうとする。「PSYCHO-PASS」の世界であれば、メイン武器であるドミネーターが持つスタイリッシュさを売りになりながらも、ドミネーターを手放しても泥臭く犯人に立ち向かっていく姿が、派手さはないにせよ、間合いを図り相手に踏み込み、自分がやられる可能性がある間合いで対峙しあう緊張感にも魅力がある。こうした意味で、派手なアクションはないにせよ、緊張感の形でアクションは魅力を持つ。

 アクションから背景へ話は移る。『PSYCHO-PASS』シリーズの魅力の一つが、デジタル技術を惜しげもなく駆使して、近未来都市を組み上げていることである。公安局が位置する東京の発展した都市ぶりはもちろん、出島の異様なほど猥雑としたアジア系都市風景や教授の文書ファイルが隠されるタワーのシステマチックでそっけない外観は、ビジュアルイメージそれ自体で、『PSYCHO-PASS』世界という異世界へ迷い込んだかのようである。また、テレビアニメ一期から使用される部屋を飾るホログラムは、本作でも駆使して、視覚的には現実のそこにあるように見えながらも、現実のものとは幾分か異なる波長をたたえる様子が描かれる。

 背景の部分と呼応するのが、音楽である。本作では、これまでの『PSYCHO-PASS』シリーズと変わらず菅野祐悟が音楽を担当している。『PSYCHO-PASS』が持っている本格派刑事ドラマの側面を捉えつつの重厚なBGMに加えて、サイケデリックな音楽を用いることによって、本作では出島の得体のしれなさ、宗教的憑依をディバインダーと呼ばれる脳に作用する科学技術を利用して引き起こし、ドミネーターを欺く砺波の脅威を表現し、本作が進んでいくストーリーを支えている。

 こうして、アクション・背景・音楽の観点で、『PSYCHO-PASS』の世界へと、観客を作品に没入させる。

 

懐かしの再会_常守と狡噛

 このように、支えられたストーリーラインは、法とシビュラシステムの関係性を伏在的なテーマとして、「人の支配」あるいは「法の支配」ならぬ、「システムの支配」に心酔する砺波の策略と彼に対抗していく公安局・外務省の面々の対決が描かれる。後者の面々でも、特権的な存在が、常守と狡噛である。

 常守と狡噛の再会には、本作の大きな見どころであり、「原点回帰」の一番大きな部分があると言っても過言ではないだろう。テレビアニメ一期で、お互いの正義のために、というより狡噛の独断専行のために、二人は道を違えることになった。その二人が本作で再会し、公安局と外務省として共闘する姿は、何よりも熱い展開だった。キャリアを積み頼もしくなった常守と海外での紛争経験を得て達観したような狡噛の対面は、味気ないもので動揺させるが、狡噛との関係修復を望む常守の真意、最後にはしばらく聞けなかった狡噛の「監視官」呼びが聞けるのもファンは歓喜の案件だった。それもこれも、本作が、テレビアニメ三期へと続く、常守と狡噛の再会が組み込まれた橋渡しとなったおかげであった。

 

早すぎる別れ_常守の問い

 常守と狡噛の出会いがあれば、別れもあるのも「原点回帰」である。テレビアニメ一期では、公安局刑事課一係に常守が配属され、そこの先輩監視官として狡噛と出会う。そして、二人の関係性は、テレビアニメ一期最終話で絶える。物語の最終話、狡噛は、自らの正義を貫き、テレビアニメ一期の宿敵である槙島聖護を射殺し、国外へ逃亡してしまう。本作では、その役回りは、もう一人の正義の探究者へと向けられる。すなわち常守である。彼女は物語の終盤、狡噛が砺波を射殺した後、法の必要性を問うために、公安局局長の禾生壌宗を公衆の面前で、色相がクリアなまま射殺する。かつて槙島がドミネーターを構える彼女の前で、彼女の友人を殺害して、色相をクリアなままに人を殺すことを証明したように、彼女は彼女の犯行と色相をもって、シビュラシステムの欠陥、および法の必要性を問う。前述した、常守と狡噛の再会・共闘にファンを喜ばせながらも、それだけに尽きないところが本作の巧みなところである。

 砺波の野望を阻止し、狡噛が負傷した常守を抱えていくシーンには、二人の関係性が修復されていくことが予感されるが、直後に常守の凶行を遂げる。違法行為により数日間の収監となった狡噛と晴れの場で局長の射殺を行う常守、そして刑務所から社会へと戻ってくる狡噛と罪を犯しながらも色相がクリアゆえに執行されず隔離される常守、二人の対比を描いて、テレビアニメ一期で使用した構図を、人物を入れ替え、反転した形で再度利用する。

 

終わりに、と「原点」の読み直し

 以上で、『PSYCHO-PASS』シリーズのファンゆえに、肯定的なことを記述してきたわけだが、本作に対する突込みどころはあった。だが前述したように、『PSYCHO-PASS』シリーズのファン、そうでないファンなど広く楽しめる要素が含まれていたため、ここではあえて口をつぐもう。その中でも特に、本作はテレビアニメ一期ファンに応える内容であったと言えるが、そのことが意味するのは、ただ郷愁の心をくすぐるだけではない。本作を通して、テレビアニメ一期で、常守や狡噛たちの敵でありながら、あまりに魅力的に描かれていた槙島という謎を解き明かすピースを提供してくれる。一つの正義を目指すために、本作で常守が採った手段は、狡噛のそれよりも、槙島の姿に近かったように思えた。こうした意味で、『PSYCHO-PASS』シリーズを通して描かれた常守の物語は、背景を欠いたサイコパスとして登場する槙島の内実を与えくれる。そうして、槙島というキャラクターを理解することで、今度は常守・狡噛の正義、ひいては『PSYCHO-PASS』シリーズが問う「正義を構築するのは人かシステムか*2」あるいは「人間の価値」*3に迫ることができるのでは、と考えている。

 次回以降、感想とは別の形で、テレビアニメ一期の「原点回帰とスケールアップ」を行った本作で、どのように槙島を読み直せるか、という観点で、考えてみたい。その探求、あるいは本作からこそテレビアニメ一期、そして『PSYCHO-PASS』シリーズの全容が明らかにできるかもしれない。とはいえ、その考察は次回に置いておくとして、この感想でのまとめをするならば、『PSYCHO-PASS』はやはり最高ということだった。

*1:「SPECIAL TALK #02」、来場者特典第一弾 『PSYCHO-PASS 10th MEMORIAL NOTE』より

*2:「人」に着眼する点で、本作で悲劇の死を遂げた雑賀譲二が常守を買って、彼女に協力する形で、捜査協力していた事実は興味深い。常守・狡噛にプロファイリングの手ほどきを行うプロファイリングの専門家で、観察眼に優れる彼の眼には、信用すべき常守はどのように映っていたのか。あるいは、彼は彼女の中に何を見て、彼女を信用できると判断したのだろうか。「深淵」ではないことは少なくとも確かだろう。

*3:砺波との会話中、すべてをシビュラに任せることになったら、人間の価値はなくなってしまう、との常守の発言は、槙島の次の発言と根本の考え方で重なる。

「己の意思を問うこともせず、ただシビュラの神託のままに生きる人間たちに、はたして価値はあるんだろうか?」(『PSYCHO-PASS サイコパス』11話 槙島の発言より)