【アニメ考察】怪盗を薄めて交錯する二つの世界―『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』

©2024 青山剛昌名探偵コナン製作委員会

 

   youtu.be●原作
青山剛昌名探偵コナン』(小学館週刊少年サンデー」連載中)

●スタッフ
監督:永岡智佳/脚本:大倉崇裕/音楽:菅野祐悟/プロデューサー:近藤秀峰・汐口武史・岡田悠平/キャラクターデザイン・総作画監督須藤昌朋/美術:福島孝喜・柏村明香/色彩設計:西香代子/撮影:西山仁/編集:岡田輝満/録音監督:浦上靖之浦川慶子/音響効果:石野貴久・佐藤理緒/CG監督:高尾駿・福田貴大

制作会社:トムス・エンタテインメント

●キャラクター&キャスト
江戸川コナン高山みなみ/毛利蘭:山崎和佳奈毛利小五郎小山力也/工藤新一・怪盗キッド山口勝平服部平次堀川りょう遠山和葉宮村優子/川添善久:大泉洋/大岡紅葉:ゆきのさつき/伊織無我:小野大輔/福城聖:松岡禎丞/福城良衛:菅生隆之/斧江拓三:中博史

公式サイト:劇場版『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』 (conan-movie.jp)
公式X(Twitter):劇場版名探偵コナン【公式】 (@conan_movie) / X (twitter.com)

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 『名探偵コナン』の新作映画、『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』(以下、『100万ドルの五稜星』)が絶賛上映中である。興行通信社によれば、4月12日の上映開始から、三週連続で観客動員ランキング一位を守り、さらに、4月29日時点で累計興行収入が、早くも92億円を突破し、シリーズ最高興行収入を記録した前作(『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(サブマリン))を抜く破竹の勢いを見せている。

 売上に比例するように、前作に比して、今作の満足度は高いように思える。北海島を舞台に、ある実業家の遺産をめぐって、土方歳三ゆかりの地(函館)で、彼ゆかりの刀を複数勢力での盗み合い、殺人事件・謎解きが展開される。そうしたストーリーを固めるべく、おなじみのメンバーが揃って登場する。また、殺人やお宝をめぐるミステリーとは別に、西の高校生探偵、服部平次が登場する映画に付きものの、幼馴染の遠山和葉との恋愛からも、目が離せなかった。加えて、本作では、映画の最期に、怪盗キッドについての重要な新事実が明かされ、ファンを沸かせた。てんこ盛りのストーリーに、シリーズ屈指に力が入ったアクションも付き、おなじみのメンバーが勢ぞろいし、驚きの新事実も明かされ、ファンにとっては満足度が高く、興奮しっぱなしの映画体験となっただろう。

 といったように、本作への満足度は高いように思えるし、筆者もかなり満足したのだが、一つ複雑な思いを抱いたことがある。それは、その満足とは裏腹に、怪盗キッドの怪盗らしさが軽んじられているのではないか、ということだ。その点個人的な感想を出発点に、どういう意味で軽んじられているのか、補足して、その後、怪盗キッドの新事実が明かされる『100万ドルの五稜星』で、その軽視、怪盗らしさを取り除くことが、どういった意味を持つのか考えてみたい。

 

怪盗を薄めて交錯する二つの世界

 怪盗は、盗人とは異なる。怪盗はただ盗むのではなく、華麗に・大胆不敵に難攻不落な警備網からお宝を盗み出す。怪盗キッドであれば、あえてあらかじめ予告状を出し、あえて闇夜で目に付きやすい全身白ずくめに身を包み、時たまエンジンを積むことはあるけれども、あえて風のみに頼るハンググライダーを主たる移動手段とする。他にもあるが、盗みにあえてを付け加える、彼の流儀が怪盗らしさを保証している。そのことは定義の問題よりも、むしろ、フィクションで描かれる場合、受け手の受け取り方が大切である。怪盗が登場する作品を鑑賞する際、この「あえて」を楽しむ、具体的には「あえて」という制約の中、どうやって盗みをさせるのか、あるいはこうした怪盗の盗みを探偵や刑事がどうやって阻止するのか、にを目を向けて作品を楽しむからだ。

 話を本作に戻す。本作にも、怪盗キッド、とその役に見劣りしないキャラクターが登場する。だが、期待された活躍に反して、二つの役割で引き立て役として利用されていた節がある。

 

 怪盗キッドが登場することは、本作の目玉の一つだっただろう。その彼が、かつてコナンと接敵したとき、お決まりなキザなセリフで、探偵と怪盗が似た者同士と語ったことがある。

探偵や怪盗と一緒さ。天と地に分かれているようで、元を正せば人がしまい込んでいる何かを、好奇心という鍵を使って、こじ開ける無礼者同士。

要するに、探偵も怪盗も、隠しているものを好奇心で暴く点で、似ていると。だが、本作での怪盗キッドは、このどちらもの無礼者に踏み込んでいる。怪盗半分、探偵半分で、探偵は、彼が今回、いつも狙うビックジュエルでもない刀を盗む目的にある。彼の目的は、父がとった過去の行動を明らかにするためだった。彼の父、盗一は、実業家の遺産を盗みに入るも、なぜか宝を盗まなかった。その理由を確かめるため、刀を盗み出し、探偵のまねごとをする。

 今回、キッドの目的は、盗みにはない。そのことは、車両基地で、キッドがコナン・平次に、謎解きは任せると話していたセリフにも表れている。このことは、怪盗キッドの怪盗としての役割を、薄めることになる。

 当然だが、怪盗キッドは、探偵ではないので、謎解きを東西の名探偵に任せて、怪盗キッドは、補佐的な役割を果たすことになる。変装や特異な入出経路・方法を利用して、狙った獲物を盗みだす、彼の神出鬼没さは、謎を解く二人の手助けをするために、用いられることになる。また、本作でのこうした役回りは、彼の陽気な登場BGMにも表れる。

 

 彼の立ち位置が本作で微妙な位置に置かれるのは、本作で明かされた新事実のにも依る。新事実で明かされたのは、黒羽盗一が生きていること、新一の父工藤優作と快斗の父の黒羽盗一が兄弟である、つまり工藤新一と黒羽怪斗が従兄弟であること、だった。そうした事情を説明するために、本作では生きていた盗一が、刑事の川添善久に変装していた。本作の構造で、最も怪盗を損なうのは、この盗一の存在である。

 盗一は主導的に事件を解決するわけではないが、三人が謎を解くのを、近くで見守り手助けする。最後には、無防備なコナンたちに銃を向ける犯人へ向けて、トランプ銃を撃ち、コナンと福城良衛を助けることにもなる。殺人事件、遺産の争奪を解決するのに、外側から一役買っている。

 それぞれの思惑はありながらも、怪盗キッドがコナン・平次を補佐し、その全体を盗一が手助けする。そして、その様な立場にあった盗一の登場こそ、観客への大きなサプライズとなることは、前に言った通りである。一段高みから、すべてを見ていた盗一の登場で、サプライズを盛り上げてくれる。

 

 

 以上で、怪盗らしさを軽んずるとはどういうことか補足してきた。しかし、前述してきたことは、本編を見れば、怪盗キッドが主役なわけではないことはわかる。彼が全き怪盗が求められていないにもかかわらず、本作に登場するのも事実である。本作の立て付けからして、本作での怪盗キッドの立ち位置は、全き怪盗にあるのではない。積極的に、怪盗要素が薄められることが求められている。

 この怪盗要素を薄める理由を考えてみたい。それは本作発表された新事実にある。ここで発表された新事実の効力は、『名探偵コナン』だけでなく、怪盗キッドが黒羽快斗として生きる『まじっく快斗』にもまたがる。そのため、『名探偵コナン』での「怪盗キッド」は薄められなければならない。その証拠に、本作では珍しく、快斗の幼馴染の中森青子が登場するし、彼の父(中森警部)の負傷に関して、快斗は感情をあらわにする。こうした、怪盗キッドではなく、怪盗キッドに扮する快斗の感情が、『名探偵コナン』の場で、あけすけに描かれる。

 両作品に関係する新事実が、いくつかの準備を経て発表される。こうした準備は、『コナン』と『まじっく快斗』の世界に穴を開ける。こうして『名探偵コナン』での主役となるコナンから、盗みの手口やそこから見えるルールや流儀だけを知る宿敵、「怪盗」は姿を消すことになる。

 コナンから見たこうした怪盗キッドの関係性が変わってしまうのは、寂しさを感じる。本作で明かされた新事実は、長年の探偵と怪盗の敵対関係に、新しい風を呼び込む。二人の関係が変わること、『名探偵コナン』と『まじっく快斗』の世界が繋がったこと、これらが今後の作品展開にどのような影響が生まれるのか、楽しみである。