【アニメ考察】競技と趣味の登山―『ヤマノススメ Next Summit』5話

©しろ/アース・スター エンターテイメント/『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会

 

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●原作
しろ(コミック アース・スター連載)

●スタッフ
監督:山本裕介/キャラクターデザイン・総作画監督松尾祐輔美術監督:宮越歩/色彩設計:藤木由香里/撮影監督:佐藤洋/編集:内田恵/サウンドデザイン:出雲範子/音楽:yamazo

アニメーション制作:エイトビット/製作:『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会
制作会社

●キャラクター&キャスト
あおい:井口裕香/ひなた:阿澄佳奈/かえで:日笠陽子/ここな:小倉唯/ほのか:東山奈央/小春:岩井映美里

公式サイト:テレビアニメ『ヤマノススメ Next Summit』公式サイト (yamanosusume-ns.com)
公式TwitterTVアニメ「ヤマノススメ Next Summit」公式 (@yamanosusume) / Twitter

 

 

※この考察はネタバレを含みます。

 

 

概要

 アニメ四期となる『ヤマノススメ Next Summit』は、一期から三期の内容に加え、新たなシーンも追加して、一話三十分で再構成されている。アニメという表現媒体、あるいは原作のマンガという表現媒体とは、異なる趣味に取り組む美少女たち描く一種の日常系として位置づけることができる。

 『ヤマノススメ Next Summit』で描かれるのは、登山を趣味とする少女たちの物語である。幼馴染で、離れ離れになっていたあおいとひなたが高校で再会し、インドア派だったあおいはひなたに連れられて、幼い頃はひなたの父親に連れられた登山を再び始める。その過程で、彼女は山に登る楽しみを知り、日本最高峰の富士山登頂を目標に掲げる。

 本作で一つのテーマとなり、また登山が好きではない視聴者が疑問に思うのが、「なぜ山に登るのか」という問いである。もっと正確に言えば、なぜ苦しい思いをしてまで、山に登るのかである。

 本ブログで言及する五話では、あおいが登山部との交流や登山部へ入部するかを悩む過程で、あおいにとっての登山がどのようなものか、おぼろげながらも気づきを得る。その気づきについて、あおいの言葉だけではなく、Aパート登山部とのランニングシーン、Bパートのあおい・ひなた・あおいの母での登山シーンで表現されていた。その表現を確認していきたい。

 

競技の登山部と趣味のあおい

 五話Aパートでは、あおいが登山部部長の小春に登山部に勧誘を受ける。体験入部として、体力作りに興味のあったあおいは、登山部のランニングトレーニングに参加する。インターハイ出場を目指して、日々トレーニングを積む登山部とあおいの距離はどんどん引き離されていき、両者の体力差が歴然となる。

 体力差は、フォームの描き方からも見て取れる。登山部の走るフォームが、肘は九十度に曲げられ、一直線に前後に振られ、崩れないきれいなフォームなのに対して、あおいのフォームが、走り出しから脇が締められず、不必要に大きく腕を振るフォームの差が際立つ。また、疲労のせいで、天覧山に入りあおいのフォームは崩れて、腕を横に振るような格好になっている*1

 ここでは、登山スピードだけではないにせよ、登山で競争する登山部と普段特に運動していないあおいの差が走り方一つ取ってみても、明瞭に表現される。競技として登山を行う登山部と富士山登頂のために体力づくりを意識するあおいでは、体力づくりに差がある。

 この体力差は、天覧山で小春が帰っていく際に、あおいが「もう帰っちゃうの?」と驚くように、山に対する関心の違いひいては山を登る目的にも波及していく。Aパートにて印象的だったのは、走っている背景が走る方向とは逆に流れていくように、作画されていることだ。あおいが走る速度に合わせて、歩道の側溝や前方から後方へ消えていく電柱や電線、トンネルの模様が後景へと流れていく。トレーニングでのランニングは、体力をつけることが目的で、その風景を見ることは二の次にある。

 さらに、ぐんまちゃんが手を振って彼らを見送るショットのように、各地点で固定ショットが置かれる。しかし、そこもあくまでもランニングの通過地点であって、ぐんまちゃんの前に立ち止まって、跳ねる様子を眺める地点ではない。

 小春の言葉に、「もう帰っちゃうの?」と思ってしまうあおいにとって、小春に登山部の入部を断る際に言うように、「自分のペースで、もっといろんなもの見たり、いろんな世界を知りたい」、彼女が登山に求める一つである。だが、今のすぐに息を乱してしまう彼女にとって、風景の変化や山の景色を見る余裕がない。

 そんなこともあり、体力づくりも兼ねたあおい・ひなた・あおいの母三人が武甲山に登るBパートに繋がる。

 

景色とお弁当

 Bパートでは、Aパートであおいが話したように、「いろんなもの」=登る山(武甲山)の景色が、実写と見紛うリアリティに満ち、かつ美麗に描き出される。あおいの母の運転で、武甲山に到着する。体力づくりに母の荷物を持つあおい・ひなた・あおいの母が、山道を登っていく様子が、美麗に過ぎる背景に囲まれている。どのショットを取りだし抜き出してみても、背景単体で登山の魅力たりうるものになっている。そして、この美麗な背景は、Aパートランニングシーンで、高速で通りすぎる街の背景や疲労で見る余裕のない景色と対比的に、マイペースを守るあおいに寄り添って、カメラ移動など少な目で描かれ、視聴者は三人が景色を楽しむ様子を見つつ、視聴者もゆっくりと景色を鑑賞することができる。

©しろ/アース・スター エンターテイメント/『ヤマノススメ Next Summit』製作委員会

 登山の楽しみは、景色が美しいだけではない。あおいとひなたは体力づくりのために、道中にある不動滝の水をペットボトルに汲んで持っていき、ペットボトルを担いで、頂上に到達して、疲労と達成感を露わにしている。景色以外にも、もちろん山に登った達成感も登山の魅力と言えるだろうが、ここで指摘したいのはその達成感でもない。

 その登頂の疲労の中、山中でシートを広げて、食べる昼食に魅力の一つがある。昼食シーンでは、登山中に見せた美麗な山林の景色はなりを潜める。景色の代わりを昼食が務める。山中でシートを広げるが、Bパート前半(登山シーン)を彩った緑・黄色に色づく木々はショットから排除され、地面の土、樹皮、ベンチなどの茶色が背景を占める。対比的に、昼食の弁当・フルーツの彩りや長袖のアウターを羽織る肌寒い中スープの湯気が、印象的に映る。

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 登山シーンが登る三人と山の景色が主役だったのに対して、昼食シーンはシチュエーションとして山を残しつつも、山の中で昼食を取る三人と昼食の弁当が主役となる。頂上で、あおいの母から昼食にすると言われ、喜ぶあおい・ひなたの表情を見ると、山に登り、登り切った達成感と共に、空腹で食べる昼食もまた、登山の大きな魅力の一つと言えるだろう。

 

 本作で示されていた登山の魅力は、そのまま「なぜ山に登るのか」の回答となる。一つは、自分のペースでゆっくりと壮大な山の景色を見ることができるから。もう一つは、山に登った達成感の中で、山で食べるご飯はおいしいから。これらが合わさった登山の魅力が形作られる。

 Aパート終盤、あおいがモノローグで、人それぞれにいろんな登山の形があると語っている。登山にはいくつもの、いわば登山者の数だけ登山の魅力は存在する。そのようないくつもの登山の魅力を、映像を通して見せてくれる『ヤマノススメ Next Summit』(ここでは五話)は、「山の勧め」の「勧め」を体現していた。

*1:天覧山手前で、あおいはここなに出会うが、へばったあおいの走り方は、あおいに気づいて並走していたここなの走り方に酷似する。ここで、「いつもの散歩」をするここなも、まじめなアウトドアをするのではなく、あくまでもあおいと似たゆるふわアウトドアに近しいことが表現される。